社民党は憲法は国民から国家権力への命令だと宣伝を
- 1 :無党派さん:2008/01/25(金) 16:37:43 ID:gDBAZ/Aj
- 憲法は,「国家権力(司法・行政・立法)全てを縛るための命令」
である。なぜなら憲法に違反することができるのは国家だけであるからだ。
トマス・ホッブス(1588−1679)は『リヴァイアサン』において、
旧約聖書ヨブ記を引用して,国家をリヴァイアサンにたとえている。憲法
とは「国家権力の暴走をくいとめる最後の鎖」として誕生したものだという。
憲法とは、主権者である国民の側が国家権力に対して、命令するものなのだ。
こうした認識をどれだけ持てるか、その度合いが民主主義の成熟度であろう。
小林節 無知 無教養がはびこるこの国の政治
http://www.magazine9.jp/interv/kobayashi/index.html 一部抜粋
「9条を守りさえすればこの国は平和で、9条を改正されたらこの国は危ない」
なんて言って内輪で会合を開いて、影響力のないところで護憲念仏を唱えて、うっとり
していた時代が長すぎたんです。
そんなことより、小・中・高校と大学の憲法講座、一般教養の法学講座できちんとした
憲法教育をすることが護憲派の役目なんですよ。立憲主義の教育を全然してこなかった。
それでいま襲われて焦っているわけだからね。
立憲主義は、人間の本質に根ざした真理です。つまり、権力は必ず堕落する。なぜなら権力
というのは、抽象的に存在するのではなくて、本来的に不完全な生身の人間が預かるから
なんです。つまり政治家と公務員が、個人の能力を超えた国家権力なるものを預かって堕落
してしまうということです。
社民党はただ護憲、9条を守れと叫ぶだけでなく憲法とは、主権者である国民の側が
国家権力に対して命令するものという事や、社民主義の正しい知識などの
宣伝をすべきだ。
- 2 :無党派さん:2008/01/25(金) 17:00:55 ID:tXtb1v+R
- ま、そういうことだね。
- 3 :無党派さん:2008/01/25(金) 17:54:49 ID:3UbEFI/U
- >>1
伊藤真の受かる司法試験塾の方ですか?
- 4 :無党派さん:2008/01/25(金) 20:29:50 ID:YuESNMVT
- いいこというな
- 5 :YouTubeもっとうまく使えよ:2008/01/25(金) 21:11:46 ID:yYh3QWzR
- 国会議員の中で社民党の連中が一番「法の支配」に対して厳格にやってる気が確かにするし、
実際の行動を見ても不法を合法にする政治主流への抵抗勢力として動いている。
実際にはこの手の発言を何度もやってるんだろうけど、マスコミがスルーしまくってるんだろうな。
- 6 :無党派さん:2008/01/25(金) 21:37:50 ID:mgAieffO
- >>5
実は最近は社民も共産もそうではなくなりつつあるが。
大衆迎合的になって マスコミは完全にそうなっているが(朝日新聞ですら)
「より良い社会にするために国民の権利を制限したり協力させる必要あり」とね
実は戦後の西欧はそういう流れ
日本国憲法は国家権力の暴走を抑えるということが主目的で
実は第一次大戦後の欧州の考え
戦後の欧州は「そういう自由な状況でナチス台頭した」という論法で
思想結社の自由制限したり「自由な状態による弊害 格差拡大や環境破壊
社会破壊」の弊害なくすために制限必要(国民縛ることも)になっている
- 7 :無党派さん:2008/01/25(金) 21:56:25 ID:dL2i2BvR
- そうだと思う。
- 8 :無党派さん:2008/01/25(金) 23:15:30 ID:Eycae9FH
- >>6
>思想結社の自由制限したり「自由な状態による弊害 格差拡大や環境破壊
>社会破壊」の弊害なくすために制限必要(国民縛ることも)になっている
それは別に憲法で国民を縛ってるわけじゃないんだから、あまり関係ない話だな。
国家権力の”ナチという形での”暴走を抑えて、国民の人権を守るためにやってるわけで、
本来の目的は変わってない。
国民の権利はそれまでと同じく、多くの権利を守るための正当な法律で、
場合によっては制限されるってだけ。
- 9 :無党派さん:2008/01/26(土) 13:40:29 ID:49L8Ocrq
- 憲法改正をするとしても少なくとも日本の政治家、官僚、国民の民主主義の意識
と日本が民主主義国家として成熟するまではしない方が良いと思う。政権交代が
なく政治主導、地方分権ができないようなうちはやらない方がいい。今の状態で
憲法改正を頻繁に行うようだと危険な気がする。いずれ政治に無関心、無知な多くの
国民と少数の国民の賛成で権力者たちに都合の良い憲法になっていく事もありえます。
そもそも近代以降の憲法は、国家権力などの公的権力の行使に枠をはめて、国家機関
が勝手なことをしないように歯止めをかけています。単に国家の基本的なあり方を
規定しているだけではありません。国民主権と基本的人権を保障すると同時に権力
分立制などを採用することで、国家権力が暴走することに歯止めをかけています。
もちろん、憲法をより良く改正したいという場合はあるでしょうが、しばしば、
「より良く改正する」といいながら、実質的には悪く変えてしまう事もありえます。
国民は政治や政党に対して常に監視し、これを怠ってはいけません。
そうしなければ、国民の基本的人権の保障、平和の確保は、後退することに
なるでしょう。
国民主権、議会制民主主義の下では、最終的には、選挙によって、悪政を正すこと
ができるのです。ですから、選挙で信頼のおけない政治家を落選させたり、少し
でも信頼のおける政党の勢力を増やすよう選挙運動したり、投票したりすることが
考えられます。国民が選挙に行かなければ、今の憲法に敵対的な政党は喜んでいる
ことでしょう。
傍観しているだけでは、政治は変わりません。しっかり監視して、主権者である国民
のための真の政治・行政を実現しなければ国民主権は「紙に画いた餅」に終わって
しまいます。
- 10 :無党派さん:2008/01/26(土) 14:33:07 ID:4yQD82T0
- >>8
日本国憲法の考え「女性差別推進党」や「部落差別促進運動」の結成や主張の自由も認める。
戦後欧州の考えはそういう思想や団体の結成は禁止で処罰もある、というもの。
これを理解できないで「日本国憲法を守れ」というDQNが増殖しているが。
- 11 :香里園の守護神 ◆Q.tHeM26sI :2008/01/26(土) 22:23:24 ID:D00BhKZ6
- >>1
それは社民党に限らず、護憲を称する連中全般に言えることだと思うが。
個人的には9条は改正しなきゃいかんと思ってるけど、自民党は言論の自由まで
制限しようとするあたり、立憲主義をそもそも理解してないし、それこそが根本的な問題だからな。
まあ民主党の枝野氏は自民党が頭の悪い発言をするたびにそれを言ってるね。
>>8
憲法が抑えるべきは国家権力の暴走で、国民の自由ではないだろ。
といっても、守るべきは消極的自由=他者による抑圧からの自由であって、
積極的自由=他者を抑圧する自由は結局は消極的自由を侵害することになるから、
他者を抑圧する自由は刑法その他の法律で制限されるし、憲法でも
「公共の福祉」として保障される自由の制限を記している。
それゆえ、ナチズムに基づいて他者を抑圧することは許されないが、抑圧に至らない
政治活動や表現行動は制限すべきではない(それを制限すること自体が抑圧でしかない)。
で、日本の場合、自民党も社民党もそこが分かってないっぽいのが問題ってことだ。
- 12 :無党派さん:2008/01/27(日) 14:26:54 ID:N+JhzW3R
- 憲法が憲法として機能するための国民常識とは何か? - MIYADAI.com Blogより
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=80
■第一に、憲法が統治権力への命令であること。詳しく言うと、
(1)憲法が国民から統治権力への命令で、(2)法律が統治権力から国民への命令で、
(3)憲法が法律に優越するとは、国民からの命令の範囲内でのみ統治権力は国民に
命令しうるということだ。
■さて、私たちに憲法常識はあるか。例えば「憲法が国家への命令」であるのを
知っているか。もし知っていれば、衆参両院の憲法調査会でしばしば出る
「日本国憲法には権利規定ばかりで義務規定が少ないのはオカシイ」という
幼稚園レベルの議論はありえない。
- 13 :無党派さん:2008/01/28(月) 01:32:47 ID:0VPHCQpm
- 憲法の成り立ちを知ってて国民の義務を盛り込むように言ってるのは、
かなりの国家主義者ということだな。
改憲&国民の義務を言ってる政治家の半分以上は、成り立ちすら知らなさそうだがw
- 14 :無党派さん:2008/01/28(月) 02:39:29 ID:C6ZMFtMY
- 冗談ではなく、船田が憲法とは>>1であることを知らなかったと言ってた。
自民党の憲法調査会長でこれだから、党の多くがそうだったと推察される。
んで、そうじゃないんだよーと教えてたのが枝野や辻元。
- 15 :無党派さん:2008/01/28(月) 05:06:26 ID:GSAOLN5T
- そうなんだよな。自民の改憲派は憲法改正を国民統制の具にしようとしてるんだな。ろくに憲法の成り立ちも勉強してない連中ばかりで。危険だと思う。
- 16 :香里園の守護神 ◆Q.tHeM26sI :2008/01/28(月) 13:37:52 ID:k0R8yIJ5
- だが、考えてみれば、かつて労働(就職・職場)差別が問題になったときには、私人間効力が
論点になっていたわけで、自民党が憲法の私人適用の問題を理解してないはずがない。
ご都合主義的にしらばっくれてるのではないかとも考えられる。人権擁護法案問題でも
私人間効力が第一に論点になるべきなのに、その点をスルーしていたのも気になる。
- 17 :無党派さん:2008/01/28(月) 14:07:56 ID:kEfVttty
- /ヽ ヾヽ
/ 人( ヽ\、ヽゝ
.| ノ ⌒,, ⌒,,`l
| / (o) (o) |
/ヽ | ー ー |
| 6`l ` , 、 | ____________
ヽ_ヽ 、_(、 _,)_/ /
\ ヽJJJJJJ < 本当は憲法の1条から8条まではなくしたい。天皇制は廃止したい。天皇は伊勢にでも逝け。
)\_ `―'/ \____________
/\  ̄| ̄_
( ヽ \ー'\ヽ
http://homepage2.nifty.com/goken-osaka/program.htm
- 18 :○○大江康弘を応援しよう!!○○:2008/01/28(月) 14:49:51 ID:2zNNC7ve
- 大江康弘を応援しよう!批判は他スレで。
- 19 :無党派さん:2008/01/28(月) 22:37:31 ID:NqPmBosd
- 現憲法は旧明治憲法の改憲規定に従って制定されているので、貴族院や
枢密院で改正審議され、国民に是非を問う国民投票が実施されていないので、
真の意味で国民が作った憲法とは言いがたい。
- 20 :無党派さん:2008/01/28(月) 23:11:16 ID:GSAOLN5T
- しかしこの憲法の基で繁栄を享受出来たのは事実。日本人が作ったのも事実ですが何か?
- 21 :無党派さん:2008/01/29(火) 16:25:23 ID:gfOU0/Tp
- ジョン・ロックの社会契約説と立憲主義
http://www5f.biglobe.ne.jp/~mind/vision/es001/john_locke.html
社会契約という概念は、日本国憲法を含めて、近代憲法の理論的な基礎に
なっていると言われている。日本国憲法の前文にロックの信託統治論が
適用されているように、根本的なところで我々を支えているものであると云える。
政府が権力を行使するのは国民の信託 (trust) によるものであるとし、
もし政府が国民の意向に反して生命、財産や自由を奪うことがあれば抵抗権を
もって政府を変更することができると考えた。抵抗権の考え方はのちに
バージニア権利章典に受け継がれていく。
バージニア権利章典では、生まれながらの権利として、財産に対する権利、
生命に対する権利、自由に対する権利が挙げられています。幸福な人生を送るため
に、財産を取得し、生命の危険にさらされず、自由を享受する権利は、人間が
生まれながらにして持っているものであり、かつ、譲り渡すことができないと
考えられたのです。
その後、経済的な発展に伴い、富める者が現れる一方、経済的弱者が大量に生み出されました。
その結果、20世紀に入り、生存権、教育権、労働基本権などの社会権または社会的基本権と
呼ばれる人権が基本的人権のカタログに加えられました。生存権とは、国民が健康で文化的な
最低限度の生活を営むための条件を国家に要求する権利です(憲法25条)。
- 22 :無党派さん:2008/01/31(木) 15:18:16 ID:/wRjE43j
- 「憲法対論」という本から
憲法の背後には、統治権力がきわめて恐ろしいものだという発想があります。
ホッブスがリヴァイアサンと表現したものです。実際に十六世紀には国家が
リヴァイアサンであることを裏付けるような社会的事件が頻発したわけです。
統制されるべきは、社会や市民よりも以前に国家であり統治権力だ。こういう
発想を分かっていないのは先進国では日本人だけです。こうした日本的発想の背後
には、儒教的国家観があります。統治権力は道徳の守護神であり、統治権力の頂点
には最も道徳的な人間が座るべきである、それゆえに、完全なる徳を体現した統治
権力が、徳において不完全な民衆に命令できるというスキームになります。
そのために、道徳的な統治権力が不道徳な発想の中で、憲法もまた理解されてしま
いがちなのです。だから、憲法に従うのは統治権力だけだということが理解できず
市民が従う最高原則を憲法だと思ってしまう。それがあって、エクスプレッション
を支える自明性が、弱者を抑圧するアクションになるような社会を変えようという
ときに、統治権力に命令させようという発想になりやすい。
日本は立憲政治が成熟してない、その意味では日本は近代国家ではなく「国家が
リヴァイアサンだ、統治権力は危険だ」という発想を国民が持ってない
すなわち統治権力との間で社会契約した契約当事者たる市民がいない
国家性悪説どころか、儒教的な国家性善説が流通する民度の低いダメな国です。
そういう国では、チェック&バランスのアーキテクチャーが上から下まで徹底的に
欠如します。行政情報公開にも消極的だったり、自治体に情報公開条例があっても
公安委員会(警察)が除外されていたりと、他の近代諸国ならば考えられない
馬鹿げた法制が続いています。統治権力をチェックする行政オンブズマンも
市民オンブズマンも、他の近代諸国ならば考えられないことですが僅かしかいません。
憲法をどう変えるか以前に、憲法とは何なのかの理解を深める必要がある。
- 23 :無党派さん:2008/02/01(金) 16:41:57 ID:zP1mZjea
- 多くの国会議員は自分が国民の代表であって、あくまでも代わりに権力を行使
してるという認識がないのだろう。国民に義務とか言って国民を縛る憲法を
考えてる議員は落選させよう。
- 24 :無党派さん:2008/02/01(金) 17:08:30 ID:g547atDp
- 日本はあまり、ナシオン主権とプープル主権がうまく機能してない気がする
- 25 :無党派さん:2008/02/02(土) 17:09:16 ID:VR0gTzZ7
- 議員・選挙板は選挙や政局、議員の裏情報とかには興味はあっても
政治の思想や理論は関心ない人もいて、
憲法は,「国家権力(司法・行政・立法)全てを縛るための命令」
憲法が国民から統治権力への命令
という考えを知らない人もいるかもしれない
ですので、このスレは時々何でもいいので書き込んであげときましょう。
- 26 :無党派さん:2008/02/03(日) 16:00:40 ID:zJOXrb3z
- 戦後日本がまがりなりにも、民主主義国家でいられたのは、日本国憲法
があったことが大きい、憲法は国家権力を縛り、主権である国民の人権
を守るもので国民からの命令でもある、もしこの憲法がなければ、戦前に
逆戻りしていた可能性はあります。冷戦時代のアメリカは親米で反共でさえ
いれば、よかった所があったから。
国家主義的な反民主的な政治家がいるうちは
日本国憲法は今の日本の民主主義を守る最後の砦、守護神とも言える。
- 27 :無党派さん:2008/02/04(月) 03:21:51 ID:43cqA7yM
- >>26
>国家主義的な反民主的な政治家
戦後生まれの政治家に多いような。
- 28 :無党派さん:2008/02/05(火) 15:30:29 ID:9fiz7R3C
- 『リヴァイアサン』はトマス・ホッブズの著書で1651年発行。題名は旧約聖書に
登場する海の怪物レヴィアタンの名前から取られた。
この中でホッブズは、人間の自然状態を万人の万人による闘争であるとし、この混乱
状況を避けるためには、「人間が天賦の権利として持ちうる自然権を政府(この場合は
国王であり、この政府を指して『リヴァイアサン』と言っている。右の口絵に
描かれている王冠を被った『リヴァイアサン』は政府に対して自らの自然権を譲渡した
人々によって構成されている)に対して全部譲渡(と言う社会契約を)するべきである。」
と述べ、社会契約論を用いて従来の王権神授説に代わる絶対王政を合理化する理論を構築した。
絶対的な支配権をもつ国家をさしている。
ホッブズの政治理論が近代的で民主主義的な国家理論であるとする説もある。
無神論的、唯物論的世界観、また理性主義に基づく平等思想を唱えていること。
分析的に導き出したアトム的人間から構成的に人工の国家を導き出すという科学的
手法をとっていること。
ホッブスは自己保存という人間の自然権を保障するために必要なルール=戒律である自然法の
内容に反する市民法を制定したときには、その部分は無効であると述べている。現代国家の
持つ強大な権力的側面を表す説明として「かのリヴァイアサンのような国家」と使用されること
があるが、これはホッブス本来の国家についての考え方とは明らかに異なり、なぜなら彼は、
すべての人々の生命、安全を第一義的に保証する装置としての主権を有する国家の形成と運営を
考えていたのであって、人権と自由を抑圧する独裁国家やファシズム国家のような強大な権力を
持つ国家の創設を企図していたわけではなかったとも言われる。民主主義の遅れた日本では戦前
にはホッブスの主権論は絶対権力(明治政府)擁護論として、使用されていたらしい。
- 29 :無党派さん:2008/02/07(木) 03:07:05 ID:PkvIcu4H
- youtuubeにアカウント持ってるなら、こういう宣伝をどんどんすべきじゃない?
- 30 :無党派さん:2008/02/07(木) 03:16:53 ID:hJDYxsX3
- 国家財政に暗雲が漂っている現在
国立大を旧帝一橋東工大のみに限定し、現状その他の国立大つまり駅弁を
廃校または私立大化しようではないか
消費税が将来20%になるかもしれない、のうのうと暮らす駅弁生、駅弁卒
を甘やかすことは無い。
世論を喚起し改革を起こそうではないか。諸君
- 31 :無党派さん:2008/02/08(金) 16:33:22 ID:mdNHOV9b
- 法律と憲法の違い。法律は「国家権力による強制力を持った社会規範」、平たく言うと国民を縛るものである。
それが「正しい」と考えられるのは、その時代の「多数意見」の反映だから。でも人間は間違うものである。
つまり多数意見が常に正しいわけではない。多数意見でも奪えない価値を守るためには、多数意見に歯止めを
かけるものが必要と考えられた。これが憲法である。
つまり、憲法は国民を縛るものではなく、国家権力に歯止めをかけるものである。国民ではなく国家を縛る。
だから公務員には、総理大臣を含め、憲法尊重擁護義務(憲法第99条)がある。多数意見でも奪えない価値、
それが基本的人権である。
憲法の中心価値は「個人の尊重」である(憲法第13条)。そして、この「個人の尊重」には「人みな同じ」
ということと、「人みな違う」ということが含まれている。違うのが当たり前であり、違いこそが価値、
素晴らしいことなのだと考える。みんな違うからこそ、一人一人の価値は「平等」に扱われなければならない
と説いているのだ。それぞれの違いを前提に、それぞれの幸福を追い求める権利を、すべての人が持っている。
これが幸福追求権。何が幸福であるかは、一人一人が判断する、自己決定権にゆだねられている。だから幸福権
ではなく、幸福追求権だ。
個人の尊重、違いの尊重、一人一人の基本的人権を大切にするためには、多数意見がそれを奪い去るようなこと
には歯止めをかけねばならない。他人の不幸の上に成り立つ幸福は本当の幸福ではない。無実の人の不幸の上に、
他の人たちの幸福が成り立つ社会ではダメで、疑わしき人は社会に戻す、そのことによるリスクは社会全体で
引き受けるという考え方である。憲法の三大原理、基本的人権の尊重、国民主権、平和主義は、いずれも
「個人の尊重」から導かれる。
- 32 :無党派さん:2008/02/08(金) 16:40:06 ID:1cyLEPZu
- そう。
だから私人間の契約問題である、日教組にホテルを使用させなかった問題を、
「集会の自由の侵害」とかぬかすのは全く筋違いということだ。
(それどころか公務員教師の集合である日教組がむしろ国家権力側といえる)
- 33 :無党派さん:2008/02/10(日) 14:40:04 ID:1Q+GE0TZ
- 昔の学校の教科書を見ると、憲法は国家の最高法規、国の政治の根本となるきまり
条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為はその効力を有しない
(98条)とあり、政治は憲法にもとづいて行われなければならない、
これを立憲主義といい、立憲主義にもとづく政治を立憲政治というとあり、
それに三大原則、基本的人権、国民主権、平和主義について書かれてある。
ただ、憲法は国家権力を縛るもの、とか国民からの命令とまでは書いてない。
それは教科書会社が、一つの学説だと考え、そこまでは書けないと判断したのか
それとも、書いたのだが、文部科学省が検定で認めなかったのか?
しかし、ロックの社会契約説、革命権、モンテスキューの法の精神、三権分立
その他、人間は自由でしかも平等なものとして生まれ、自由、所有権、安全などの
権利(自然権)を持つとか、法は自然権の理念に従い、人々を平等に扱い、支配は
基本的人権を保障するために、政治権力を法によって制限し、為政者もこの法に
従うという法の支配の事も書かれている。これらも一つの思想なのだから憲法は
国家権力を縛るものと書いてあってもいいはずなのだが。
もちろん、政治権力を法によって制限とはあるが憲法とは書いてないし、主権者の
国民が縛るとまでは書いてない。これでは、憲法は国民から国家権力に対して命令
するという発想は詳しく現場の教師が説明しなければ出てこないと思う。
現に憲法は国民も守るものと思ってる人は多いし、自分も最初はそう思ってた。
結局、文部科学省や政治家は自分たちが国民に縛られてる、命令される存在とは
国民に教えたくもないし、知られたくもないのだろう。
(もし今の教科書に書かれてるのなら、すいません)
- 34 :無党派さん:2008/02/11(月) 15:52:26 ID:Ks3/DmYo
- 明治天皇制はなぜ崩壊したのか - [よくわかる政治]All About
http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup/CU20060405A/index2.htm
明治憲法(大日本帝国憲法)
明治憲法は「軍部の独立」を許す体制だった
明治憲法最大の欠陥は、「軍部を内閣が統制できない」というところにありました。
明治憲法で、天皇は国政のすべての権限を与えられました。立法、行政、司法は
もちろんのこと、軍隊を率いる「統帥(とうすい)」も、天皇の権利とされました。
天皇は日本の「元首以上の地位」、精神のよりどころ……これが明治天皇制でした。
そんな天皇が一切の国務をとりしきるのが、このシステムの建て前だったのです。
しかし、近代日本で天皇がすべてのことを事細かに決定することはありませんでした。
重要事項についてはほとんどなく、天皇は政治の一線から一歩引いていた存在でした。
天皇に政治的責任を負わせない配慮も、そこにはありました。
こうしたなか、軍部は次第に独立性を主張し、やがて本当に単独行動に走ることになります。
こうしたことを、軍部は「統帥権の独立」をたてに正当化しました。天皇陛下の軍隊は、
ほかのどこからも指示は受けない、ということでした。
こうして昭和初期の満州事変をきっかけに、軍部をコントロールできるものはいなくなり、
日本は戦争へと突き進んでいくのです。
- 35 :無党派さん:2008/02/11(月) 15:55:03 ID:Ks3/DmYo
- 教育勅語と「皇国化教育」の推進
国民の道徳、精神の部分にまで、法律ではないとはいえ、国家がいろいろと指図
することは、今ではいかがなものか……教育基本法問題として論争になっている
ところですが、教育勅語ではこんな言葉もみることができます。
「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」
なにか緊急危険なことがあれば、正しい心と勇気をふるって国に奉仕し、天地永遠
に続く皇室の運命を助けよ。そのような意味です。
この教育勅語はやがて神聖化され、太平洋戦争では実際に「正しい心と勇気」を
もって「皇室の運命」を助けようと、戦場で散る人々がたくさん生まれることに
なるのです。
- 36 :無党派さん:2008/02/11(月) 16:02:49 ID:Ks3/DmYo
- 帝国憲法の致命的欠陥は「憲法に内閣総理大臣の規定がない」ことである。
帝国憲法では総理大臣と平大臣の区別すらないし、その大臣が集まって内閣を
構成するという規定もない。ところが実際は、総理大臣を長とする内閣が構成
されていた。これは一体いかなることだろうか。
帝国憲法第4条には天皇は国の元首で、統治権をもっていると規定されているので、
その統治を補佐する国務大臣がおればよい、ということになる。ただ、その国務大臣
を選ぶ役目が必要で、天皇から「統治を補佐する国務大臣を選べ」と言われた人が、
国務大臣を選び、そのまとめ役になったのである。これを「組閣の大命降下」というが
その手続きは、憲法には記されていなかった。つまり、建前から言えば、「組閣」と
いっても、天皇(実際は元老)に頼まれて国務大臣のリストを提出するだけのことであり
そのリストの提出者をして「内閣総理大臣」と称されていただけなのである。よって、
憲法の中に地位の根拠を持つ国務大臣を罷免出来る権利はなかったのである。
では、帝国憲法下において、ある国務大臣が、総理大臣と意見を異にしたらどうなるか。
現代の感覚からすれば、総理大臣がその国務大臣を罷免すればよいと考えるのが普通だが
実際は閣内で一人でもそういう大臣がいて、意見の統一が出来ない場合は「閣内不一致」
をもって内閣は総辞職せざるをえなかったのである。
この点を利用(悪用?)したのが陸軍であった。
本来、行政権を行使するはずの内閣が、「憲法の機能不全」によって、軍官制の注記を
悪用した陸軍によってコントロールされてしまうという想定外の事態を招来し、それが
民族の危機ともいうべき災厄を招いてしまった。
- 37 :無党派さん:2008/02/13(水) 15:21:15 ID:Oo1WvR95
- 憲法によって民主主義にも歯止めをかけていく政治、つまり立憲民主主義をうまく機能
させるために、憲法自体が、さまざまな方法で権力の暴走をくい止めようとしています。
三権分立がそのひとつであることは言うまでもありません。権力を相互に抑制、均衡
させてお互いを監視し合うようにしているわけです。
ですが、議院内閣制のもとでは、この三権分立による抑制均衡は少し変容を受け、弱まって
しまいます。国会という立法権と、内閣総理大臣を長とする内閣つまり行政権は、三権分立
の要請からは本来、別々であるはずなのですが、議院内閣制の下では、国会の政党の党首が
内閣のトップを兼ねることになりますから、ここで国会と内閣が一体化してしまうのです。
ですから、議院内閣制をとるということは、政治部門の中における権力の抑制が働かない
危険をもつことを意味します。そこで、国会と内閣の抑制均衡のかわりに、新たな権力の
抑制と均衡の仕組みを作らなければなりません。
これまでの日本の政治では、良かれ悪しかれ、自民党の中にいくつかの派閥があり、その
派閥間の抑制均衡がある程度の意味をもってきました。タカ派的な考えの議員もいれば、
ハト派的な人もいて、極端に一方に傾かないようにバランスをとってきたのです。
それが、最近の自民党は、小選挙区制によって、選挙区で一人しか当選できなくなり、総裁
や幹事長という政党の幹部に気に入られないと事実上当選できない仕組みになってきましたから
党首脳部の力がこれまでと違って格段に強くなり、党の内部に抑制均衡のシステムがなくなって
しまいました。小泉政権にせよ、安倍政権にせよ、勝ち馬にのれという流れは止めることは
できません。そうだとすれば、新たな抑制均衡の仕組みをどこかに見いださないと、権力は腐敗
するという格言どおり、政治は暴走し、国全体がとんでもない方向に進んでしまう危険性が
あります。抑制均衡の仕組みというのは、あえて権力を対立させて、お互いに検証させ合うと
いうことです。つまり、対立軸を明確にした仕組みということです。
例え民主党が寄せ集めの集団でも、権力分立の原則からいけば政権を一度担当させる必要がある。
ただ新自由主義政党しか選択肢のない、二大政党制だけには、してはいけない。
- 38 :無党派さん:2008/02/14(木) 09:35:34 ID:/1nEDPss
- 不破の精巣はミサイル基地そのものです。
現下のこういう国防状況を「旧魔(キューマ)危機」と
いいます。お気をつけあそばせ。
- 39 :無党派さん:2008/02/14(木) 09:37:46 ID:/1nEDPss
- まあ、不破は、何かって言うと(何か自分に都合の悪いこと
が起こると)すぐミサイル準備に入る危険な茶坊主ですから
ねえw
- 40 :無党派さん:2008/02/14(木) 09:40:15 ID:/1nEDPss
- おい!不破。お前、月刊誌に「戦犯」と言われているのに
責任取らないのかい?
- 41 :加ト茶:2008/02/14(木) 09:42:16 ID:/1nEDPss
- そうだよ。不破。戦犯なのに責任取らないのかい?考えて
ごらんよ!
- 42 :加ト茶:2008/02/14(木) 09:43:32 ID:/1nEDPss
- ドロボー!!!
- 43 :池坊保子:2008/02/14(木) 09:49:21 ID:/1nEDPss
- 私の所属する共産党に不破哲三という議員がいます。
私はこの人と生理的に合わない。
Kさん。どうか不破を失脚させて下さい。
不破の全財産を無くしてもかまわないですから。
返答(K)
先生。私はヤクザですよ、そのヤクザによくそういう
ことをお聞きになりますね。
- 44 :無党派さん:2008/02/14(木) 16:04:49 ID:0iW4wGgp
- 憲法は主権者の国民が国家を縛る訳なら、その憲法の改正の国民投票を
いくら政治家が国民の代理といっても、政策すべてを認めてるのではないし
国家権力を縛る憲法の投票を国民の意見もよく聞かずに勝手に決めるのは
おかしい。本来なら国民投票の内容は国民が決めるべきである。
もう一度やり直して、国民投票の内容を国民が投票で選択できるように
するのが、すじじゃないのか。
このような民主主義を無視する安倍晋三と自民党は異常。
日本では政治家でさえ「民主主義は多数決」程度にしか考えていない。
実際、選挙における多数決としてしか民主主義が機能していない。
戦後民主主義はアメリカによって上から与えられた物だし、日本では有史以来一度
も革命が起きていないのだから、民主主義が形式的にしか根付かないのも無理は
ない。
- 45 :無党派さん:2008/02/15(金) 15:28:27 ID:QdCNJuR0
- なぜ、改憲案について国民投票をする際、日本では、例えば最低50%が投票しない
と有効な国民投票とはみなさないという規定(最低投票率の規定)が必要なのか、
日本は小選挙区だ。この場合、投票率が60%だとすると、有権者の31%が投じた
党が国会の3分の2を獲得することも可能だ。その場合、国会には69%の民意は
反映されない…。
そのような国会に発議されたからといって、市民が原則、改憲案に賛成していると
いえるだろうか?言えるはずはない。
たとえば日本国憲法の要である第9条が、低い投票率の結果、国民の多くが関わらない
有権者の10%とか20%だけの賛成で改変される危険を訴え、国民の8割が一定以上
の投票率が必要と考えていると世論調査などに示された<最低投票率>に対する
国民の意向を尊重すべきである。
よって、日本では、最低投票率の規定を設け、国民主権の行使の機会を確保しなけ
ればならない。
最低投票率を下回る改憲案は国民がしなくていいと思ってるとみていい。
大体、普段の選挙で投票率が低いのは、政治、民主主義の教育をまともにしてない
せいなので、投票率を上げる努力をするべきだ。
とりあえず、国民投票法案はもう一度やり直し、議論すべき。
- 46 :無党派さん:2008/02/17(日) 15:14:20 ID:Hmh42u5c
- 国会には憲法改正発議権があり(憲法96条)、国会議員には憲法改正を論議する
権限は認められるけれども、新憲法制定の権限など与えられていない。
憲法改正は現行憲法と連続性を保ちつつ、内容のマイナーチェンジをすることです
から改正後は現行憲法と一体をなすものとして公布されます(96条2項)。
しかし、新憲法の制定は、新たな憲法秩序をうち立てるわけですから、既存の憲法
の価値を否定しなければなりませんが、これは、まさに現行憲法価値の否定となります。
これは明確に憲法99条の憲法尊重擁護義務違反となります。
国会議員には新憲法制定の権限はなく、改正発議権が与えられているだけです。
ましてや、この憲法改正発議権は国会にのみ与えられています。つまり、96条で国会
に改憲の発議権が与えられているために、国会議員だけは99条の憲法尊重擁護義務が
その限りで解除されて改憲に必要な限りで現行憲法を批判する発言が許されるにすぎない
のです。あくまでも憲法は国会に憲法改正の発議権を与えたのであって、内閣に発議権は
ありません。つまり、内閣の構成員である総理大臣と国務大臣は、99条の明文どおり
大臣として憲法尊重擁護義務を負い続けているわけです(99条の国務大臣には内閣総理
大臣も当然に含まれます)よって、内閣として憲法改正をめざすことはできません。
ましてや新憲法の制定をめざすことなど許されるはずもありません。
- 47 :無党派さん:2008/02/17(日) 15:17:13 ID:Hmh42u5c
- ところで、法律は国会議員による発案いわゆる議員立法の他に、内閣が発案すること
が認められています(内閣法5条)。実際に成立する法律も内閣提出法案がほとんど
という現状です。これと同じように内閣に憲法改正における改憲案の発案権があるか
という議論がありますが、あくまでも国会議員に発案権があるだけであって、通常の
政府提出法案のように内閣には憲法改正発案権を認めることはできません。憲法改正
は国民主権の現れであって、その点で、法律制定とはまったく意味が違うからです。
憲法改正手続法の議論においても、憲法改正案の原案の提出は、国会議員に限られる
方向で議論がなされています。当然のことです。さて、国会に憲法改正の発議権が
認められるだけで、内閣に発議権も発案権もないのですから、内閣構成員として、
憲法尊重擁護義務が解除されることはありません。つまり、単に現行憲法に従って
行動すればよいだけでなく、これを尊重し、擁護しなければならないのです。
国会議員や政党として改憲をめざすことと、内閣として改憲をめざすことは、憲法論
としては、まったく意味が異なるのです。内閣総理大臣として発言をする際に、
憲法尊重擁護義務との緊張関係をまったく意識することなく、憲法を、是非私の内閣
として改正を目指していきたいと、発言を堂々とする元安倍総理大臣の態度は、
立憲主義そのものを軽んじるものであり許されません。立憲民主主義のもとで主権者
として生活するすべての者が批判しなければならないことです。
- 48 :無党派さん:2008/02/19(火) 16:19:18 ID:S4N5oI7n
- 歴史学者J・E・アクトンの有名なことば
「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」に象徴されますように、権力の
腐敗がほとんど法則的であることを前提として、近代の国家は腐敗を構造的に防ぐ手段
たる「三権分立」を創出しました。しかしこの三権はいずれも国家権力に属するために、
しばしば癒着あるいは独裁化に陥りやすい現象がみられます。
日本の三権分立はうまく機能しているのでしょうか?日本の議院内閣制では国会と
内閣が協調関係にあることが前提となっています。国会の多数派が占める政党の党首
が内閣総理大臣となるために、実質的には国会と内閣の構成メンバーが重なり、両者
に抑制と均衡を期待することが難しいのです。さらに、裁判官の任命は内閣が行います。
このような政治のしくみのもとで、戦後の日本の政党政治は、一時期をのぞいて半世紀
以上政権交代が行われていないので、三権の間に抑制と均衡の関係がうまく機能して
いません。このような議院内閣制のもとで、政府・与党が恣意的に法を制定し、運用
する危険をなくすためには、政権交代が可能な健全な野党の存在がきわめて大きな意義
を持ってくると言えます。権力分立の原則は権力集中を防ぐことによって、基本的人権
を保障することがねらいです。このような考え方が正しく機能しているかどうかを国民
が監視することも権力分立の大切なところです。
日本の真の民主化には自民党支配体制を壊すことが最初にやることではないでしょうか。
- 49 :無党派さん:2008/02/19(火) 21:55:15 ID:tCizoZ6r
- 有本らの拉致から数年が経過したある日、
有本と一緒に拉致された友人・石岡から札幌市内の家族に手紙が届いた。
その手紙により、有本ら拉致被害者3人が『北朝鮮にいること』が判明した。
札幌の家族から連絡を受けた有本の母は自宅の神戸市に近い兵庫県西宮市の
土井事務所へ相談したが、その後、土井事務所からは何の連絡もなかった。
そして手紙が届いてから、わずか2ヶ月後、
突然有本ら3人の『同時処刑』が報じられたのである。
日朝関係筋によれば、「石岡らが内密に日本の家族へ手紙を送ったこと」が、
土井事務所から朝鮮総連を通じて北朝鮮本国に報告され、処刑に至ったということだ。
- 50 :無党派さん:2008/02/19(火) 22:05:13 ID:JQp+r7J6
- C○○→T教会による社会党潰しのシナリオは、
社会党の近くにいるところを使って
はじまっていた。
1988年1月28日衆議院本会議において【民社党】委員長塚本三郎が質問(←C○A)
1988年3月26日参議院予算委員会で【日本共産党】橋本敦が質問
1988年9月6日拉致被害者・石岡亨氏の北朝鮮から家族にあてた手紙が届く。家族から相談を受けた土井たか子事務所の秘書は、石岡さんらの北朝鮮滞在の有無を朝鮮総連兵庫支部に問い合わせた。
- 51 :無党派さん:2008/02/23(土) 14:21:57 ID:rdQm12ot
- 社民党は旧社会党時代に現日本国憲法を社会主義の憲法といっていた。
日本社会党の新宣言
http://www5f.biglobe.ne.jp/~rounou/myweb1_065.htm
>>人間解放を目的とする社会主義は、人類普遍の原理である。同時にそれ
は、それぞれの国民的特質をもった運動と内容をつうじて達成されていく。
人間解放を目標とする社会主義の不変の根本理念は人間尊重である。
日本社会党は、内外の社会主義運動の先輩たちが残した歴史的遺産を正しく
受けつぎ、あふれるばかりの人間尊重・ヒューマニズムの理念を高くかかげ
て進む。
人間尊重という基本理念は、歴史の発展のなかで具体化され、豊富化され
る。日本社会党の理念はつぎのように集約される。
反戦・平和と共存
人権と博愛
個性と連帯に裏づけられた自由
民主と自治
公平と平等
人間的な労働
豊かで質の高い生活
自然と人間の共生
日本国憲法は、まさにこの理念を具現化したものであり、そのすぐれた
理念は世界に展開されるべきものである。
- 52 :無党派さん:2008/02/23(土) 14:55:36 ID:caJrWQmf
- 日本国憲法と丸山真男
8・15により、丸山が「国体」の呪縛から直ちに自らを解き放ったわけではない。
国体のもつ「魔術的な力」から完全に脱却するには、復員後、大学に復帰してから
でも、なお、半年あまりを要している。それは、翌年1946年5月号『世界』に掲載
された「超国家主義の論理と心理」と題する論文末尾の「日本軍国主義に終止符が
打たれた8・15の日はまた同時に、超国家主義の全体系の基礎たる国体がその絶対性
を喪失し、今や始めて自由なる主体となった日本国民にその運命を委ねた日でも
あった」との記述に示される。
丸山の日本国憲法「理解」
第1に、憲法の国民主権、民主主義に関して、丸山は、憲法に規定された民主制度を
「硬直化」、「形骸化」させないために、主権者となり、自由な決定の主体となった
国民が、デモクラシーの理念に照らして、絶えず、その制度の働きを監視、批判
しなければならない。つまり、国民の下からの「革命」運動は、憲法体制化した
民主主義のもとで「永続」させなければならないと解した。
第2に、「国体」の呪縛から解放された個々の国民の自由に関して、国民は
「日々自由になろうとすることによって、はじめて自由でありうる」こと、
その自由は「政治秩序に絶えず立ち向かおうとする精神」であって、
「個人の内面的な規制力」に依拠するものでなくてはならぬと解した。
第3に、憲法第九条について、それは現実の国家の政策を不断に方向づける「理念」
として理解すべきであり、「武装しない国家」という理念は、従来の国家概念の
再定義を迫るものだと説いた。
いずれの提言も、丸山がわれわれに後進に託した重い課題である。
- 53 :無党派さん:2008/02/23(土) 15:06:37 ID:fljn1ZnS
- 村山時代に自衛隊・日米安保を容認した以上、何を言っても説得力ゼロ
- 54 :無党派さん:2008/02/23(土) 18:16:08 ID:hOdu+97X
- >>53
低学歴w
- 55 :無党派さん:2008/02/24(日) 18:29:58 ID:g7F27D9p
- そもそも、ここは自衛隊や9条の話をする場所じゃないし。
- 56 :無党派さん:2008/02/26(火) 02:04:48 ID:4HsUOujO
- http://www.vipper.net/vip462985.jpg
- 57 :無党派さん:2008/02/27(水) 15:55:01 ID:o//fyN3Q
- 長谷川如是閑
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1179906079/
長谷川如是閑は、1925年の「行動の体系としての国家」において
国家は政党や組合と同じく「部分社会」ホブハウス、ラスキの多元的国家論であり、
国家イコール「全体社会」とする概念ヘーゲル、ボーズンキットらの国家観を否定
している。また「国家の四形態」では日本という国家は国家行動の体系[国家運営を
機能的にみたばあいには]としては部分社会であり「国家は決して道徳ではない」、
「国家を[儒教イデオロギーやドイツ国家思想によって]道徳化せねばならないという
意識の起ったことは、国家が道徳的でない証拠である」と批判した。
多元的国家論
多元的国家論(たげんてきこっかろん)は国家も社会集団の一つにすぎない
という政治学上の考え方。
国家と社会集団との共通点
統一的な意思決定機関の存在 成員を規律する規則の存在
リーダーへの権威の付与 非従者に対する制裁
ただし、諸集団の利害対立を調整する機能を持っている点において国家は
他の社会集団に優越する。
多元的国家論は、市民社会を過渡的な一段階とし、その矛盾を克服した存在
として国家を論じるヘーゲル国家論を批判否定したが、マルクス国家論とは
国家と社会を区別する点で共通している。
多元的国家論を主張した思想家にはハロルド・ラスキ、パーカー、マッキーバー
などがいる。ラスキは労働組合、フィギスは宗教団体を社会集団として重視した。
- 58 :無党派さん:2008/02/27(水) 15:56:31 ID:o//fyN3Q
- 長谷川如是閑は国家の理念など語ろうとしない。いかに国家が巨大な現実として
眼前に立ちはだかっていようとも、それは本来の人間の生活と社会のあり方からの
疎外感でしかないのであり、それにたいして何らかの理念や理想を托そうとする
発想自体、ひとつの観念的倒錯なのである。彼の努めたことは、逆に、その観念化
された国家の現実暴露であって、国家なる存在を、人類文明史が生み出したグロテスク
でおぞましい、一個のモンスターの如きものとして描き切ってみせることであった。
国家はもとより自明の存在でなく、むしろ本来的に国家悪を運命づけられた存在に
ほかならない。
近代資本主義国家では、征服本能が所有本能と一体となって自由な闘争を展開する
結果、国家悪が産業悪と相乗する国家の商人化が進む。
如是閑は日本人の愛国的精神は実は最近の産物で、一、二代前の私たちの祖先には
決して自明的に解っていた精神でもなければ、忠実に守られた精神でもなく
国家は個人の集団的生活に必要な機関に過ぎないという。
- 59 :無党派さん:2008/02/27(水) 16:06:07 ID:o//fyN3Q
- 戦後、長谷川如是閑は敗戦後の日本人にとっての急務は、まずは、西洋民主主義の成立
と発展の事情について学ぶことだ、当面の政策を考えることも重要かつ緊急である、
しかし迂遠の道のようだが「根本の問題だけを」を考えよ、と繰り返し述べている。
戦後の日本人をみると敗けに乗じて、商人をはじめあらゆる人々が利己主義に走っている。
ここで、如是閑は、言論人も含めて、知識人はどうあるべきかに苦言を呈している。
戦後の精神文化面の解放は、文化人が身を捨てて贖ったのではなく、勝利者の意図で
天降り式に与えられたのであるから、まず、自由主義、民主主義についての正しい認識
を科学的、実証的に学ぶべきで社会主義、共産主義についてもしかりであると。
そして、第一次世界大戦敗北直後のトレルチと同じく、戦後ドイツにおける政治上の
民主主義は、欧米の市民革命にみられる心の革命を前提とした運動であるべきだと捉えて
いたから、民主主義の確立には生活一般とくに文化的性格の民主化が必至である、この点
を無視すると、明治二十年代以降の日本の二の舞になると指摘している。
さらに、当時、政府、自治体、官僚、産業界、教育界などが一から十までマッカーサー司令部
の指示を待ち、その自主性を喪失している状態を嘆き、現在は進駐軍が民主化を進めているから
よいが、撤退したあとに、旧軍人などが新しい反動勢力を形成するのを防止するためにも
早急に国民の政治意識を高める必要があることを提案している。
今の日本の状況も同じで、国民の政治意識を高めないと、明治二十年代以降の二の舞で、
軍国主義とまでいかなくても、貧富の差が激しい国家主義的な日本になる気がします。
明治二十年代は大日本帝国憲法が発布された頃です。
- 60 :ねこ:2008/02/28(木) 01:18:08 ID:REvH8LiR
- 平成19年8月8日宣告 平成18年(ろ)第116号東京都青少年の健全な育成
に関する条例違反被告事件横浜簡易判決
理由 (犯罪事実)
結婚その他正当な理由がないのに、単に自己の性的欲望を満たすため同女と性交し、もって青少年とみだらな性交を行ったものである。
この判決文が憲法違反にならない理由はありますか?
日本国憲法 第19条
思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
5 みだらな性交
被告人には、前述のとおり、初対面の被害者に声をかけたこと。その時、被害者
は渋谷のセンター街をうろつい ていたこと。その時刻が午後10ころであった
こと。その後、被告人と被害者はホテルに向かったこと。加えて 、甲9号証によ
れ ば、その後も、「今日は忙しいの?また夜泊まることが出来る?」「外泊し
ても大丈夫なの ?明日夜は暇?」などと、被害 者の外泊を誘う内容の被害者宛
のメールを発信した事実が認められる。 以上によれば、被告人は、それまで交
流がなかった被害者と人格的交流のないままホテルに向かい、性交に至っ たこ
とが認められ、結婚など正当な理由なく単に欲望を満たすために性交が行われた
ものである。 なお、乙3 号証によれば、被告人は、東京都においては、条例で
援助交際などのような中学生、高校生などとのセックスが 禁止されていること
の認識があることが認められ、これによれば、被告人の故意を認めることができ
る。 とされた。(2007年(平成19年)8月8日、横浜簡裁)
- 61 :無党派さん:2008/02/29(金) 15:47:02 ID:PS15dYAl
- 人権擁護法案反対
http://money6.2ch.net/test/read.cgi/seiji/1201976281/
自民党新憲法草案の恐ろしい中身
http://money6.2ch.net/test/read.cgi/seiji/1190437854/
- 62 :無党派さん:2008/03/01(土) 09:30:18 ID:qEONL/bG
- 強姦パパ
http://www.google.co.jp/search?q=%E5%BC%B7%E5%A7%A6%E3%83%91%E3%83%91&lr=lang_ja&ie=utf-8&oe=utf-8&aq=t&rls=org.mozilla:ja:official&client=firefox
- 63 :無党派さん:2008/03/01(土) 19:22:16 ID:qEONL/bG
- 私は我儘な嫁を貰った男です。本当に辛い毎日を送っています。
つい先日も、こんな事がありました。
ある日、弟夫婦の14歳になる長女の下着類が一切合切盗まれる
という事件が起きたのです。あろうことか真っ先に疑われたのは
私でした。我儘な嫁を貰った男だというだけで血の繋がった実の弟から
この私が真っ先に疑われたのです。肉親なのに。ずっと一緒に育った
兄弟なのに。ただただ我儘な嫁を貰った男だというだけで実の兄である私が
疑われたのです。とても悲しいことです。やりきれない気分です。
ですが、実は盗んだのは私でした。
が、しかし、事ここに至ってはそんなことは瑣末な事です。論点が
ずれています。私が訴えたい事は“私が犯人だと決まってないうちに”
既に“私を疑っていた”という事実なんです。つまり我儘な嫁を貰った男だと
いう事は常に『気持ち悪い事をしでかすに違いない』という目で見られて
いる、という現実なのです。これではまさに冤罪の温床です。我々我儘な
嫁を貰った男は常にそういった謂れ無き迫害に晒されながら毎日ビクビクして
生きて行かなければならないのでしょうか?結局私が犯人だということが
ばれ、弟は「もう、来ないでくれな」と悲しそうに言いました。ですが
私はそんな弟を許す事はできません。私が犯人だとばれる前から私を
疑っていた、という事実は消えないからです。
我儘な嫁を貰った男性のみなさん、離婚はしたほうがいいです。我儘な嫁を持つと
本当に何をされるかわかりません。家族から。世間から。社会から。
- 64 :無党派さん:2008/03/02(日) 16:30:13 ID:aeP+jXsM
- 戦後、日本でも民主主義教育が行われていた、当時の文部省が1948年から
1949年にかけて、中高生のために編集した民主主義という教科書がある。
そのはじめのほうで、民主主義とはたんなる制度ではなく、「みんなの心の中にある」
精神であると述べられています。「すべての人間を個人として尊厳な価値を持つもの
として取り扱おうとする心、それが民主主義の基本精神である」。何よりも、この
ような民主主義を、自分で、実行し、生活のなかで生かしていくことが求められています。
また、独裁者に騙されないためには、国民が「政治的に賢明になること」が必要です。
「国民のひとりひとりが自分で考え、自分たちの意志で物事を決めて行く」
ようでなければ、民主主義国家の国民ではないとまでいわれています。
教育基本法の改正では民主主義のための政治教育を重視することが明記されていない。
この点では民主党案は民主主義という言葉は使っていませんが、「政治教育」に
関して「国及び地方自治に参画する良識ある真の主権者としての自覚と態度を養う
という改正案を出していました。
もう一度民主主義の教育をしっかりやるべきでしょう。今の若い人の投票率では
今後、日本の民主主義は成り立つのか、このままでは特定の組織票で決まって
しまいます。
- 65 :無党派さん:2008/03/05(水) 15:11:32 ID:XT1Y06qG
- よく小泉が「官から民へ」などと言っていたが、本当に民(国民)に移行すべきなのは
政治は誰のものかという認識であろう。民主主義の教育は本来、戦後から現在に至るまで
もっとしっかりと行われているべきであった。終戦直後は実際に憲法や民主主義に関する
教科書・副読本が発行され、熱心に教えられていたようだ。だが実際に力を入れて教育
していた時期は、朝鮮戦争が始まるまでの短い間だけとなった。我々の国はアメリカの
思惑の変化により、半民主国家のまま維持されてきた。その結果、戦後日本は民主主義
よりも資本主義を徹底させた社会になってしまった。そのため、国民の多くは所属組織の
利益優先で動きがちである。
我々の国は国家が国民の上に立っているような感覚で政治が進められている。また、同じ政党
の政権が50年も続き、政治家は官僚の作った作文を読み、官僚は税金を盛大に使って私腹を
肥やし、政治家の間には汚職がはびこっている。にも関わらず政権は交代せず、何となく汚職
不正を働いた議員の多くは再選したりお咎めなしだったりする。そのような政治家は終戦直後
から存在し、彼らの一族が世襲状態で我が国の政治を取り仕切っている。
- 66 :無党派さん:2008/03/05(水) 15:13:22 ID:XT1Y06qG
- 戦後の混乱期、貧困に喘ぐ国民を尻目に政治家が国家の軍資金をネコババしていた疑惑がある
というのだ(例によって未解決のまま)。そんな政治家たちの一族が今の日本の政治を
動かしている。我が国は半民主国家であり、本格的な民主国家に成長したとは言いがたい。
我が国では、民主主義を本当に理解した上で選挙権を行使したり政治を執り行っている人間は
ごく僅かなのではないかと思う。だからこそ、安倍晋三元首相が自分の事を「権力の頂点にいる」
などという勘違い発言をしてしまうのだ。民主主義において、国家の最高権力は我々国民全員
なのである。政治家はその代理人に過ぎず、最高権力である国民の総意を国家運営に反映させる
のが仕事なのである。それがわかっていないからこそ、このような発言をしてしまうのである。
確かに、政治家は運営の実行に関してとてつもない力を握っている。そういう意味では権力の頂点
ではあると言えなくもない。しかし実態は、我々国民に委託されただけの立場である。会社に
例えれば、我々が会社の大株主、会長、社長、CEOなどのような立場であり、政治家は役員
管理職あたりの立場である(官僚はその下で働く社員)。最高権力は国民の側にあるのである。
ただ、組織のトップとしては半分眠った状態であり、それを良い事に政治屋が利権獲得に必死に
なっている。我々国民は戦後の不況の中で、政治家の「何よりも金儲けが先決ですよ」との意見
を受け入れ、社長(国家の主権者)としての経営に関する勉強をしてこなかった。故に政治家の
口車に乗せられながら、汚職や癒着のはびこる赤字経営のおかしな国になってしてしまった。
森喜朗元首相がかつて宣ったごとく、有権者は「寝てしまってくれればいい」と思いつつ、政治家
たちは己の利権の確保に精を出し続けているのだ。利権が確保出来るからこそ、その甘い汁で生計
を立てようとする二世三世議員が続出するのである。
- 67 :無党派さん:2008/03/05(水) 15:14:43 ID:XT1Y06qG
- 我々国民は、今こそ民主主義を学び、国家の経営者としての自覚を高める必要がある。
ここで民主主義の意識を高めて行けば、おのずと国民の為の政治へと変化して行く事だろう。
米国の属国状態や赤字経営状態から脱するには、我々が自ら進んで民主主義の真髄を学び
国民全体の自治意識を高めねばなるまい。そして、国自身が進んで民主主義教育を徹底する
ように我々国民が政治家の意識を変えて行く事が重要である。部下である政治家の口車に
乗らずに冷静に判断出来る、賢い経営者である事が重要である。
そもそも民主主義教育をしっかり行っておけば、愛国心教育とか自己責任というものを強調
する必要もないのである。民主主義における本来の国家組織とは、国民同士が助け合い
支え合う為の支援機関である。政治も外交も、国民の生活の為にある。そこに自分の関わりが
あって、自分の一見小さな決断である投票が、人々の暮らしを左右する大きな決断につながって
いるという事実を本当に理解するならば、愛国心や責任感に向き合わざるを得ない。
民主主義の真髄を理解せずして、健全な民主国家の運営など不可能である。権力の頂点である
我々国民が、まず民主国家運営の基本である民主主義について、進んで学ぶ事が先決なのである。
現在の我々は、どちらかと言えば駄目な経営者かもしれない。だが汚名返上して優れた経営者に
なる事は可能である。国家運営の正常化は、我々国民自身の手にかかっているのだ。
日本の真の民主化はこれからと言えよう。
- 68 :無党派さん:2008/03/05(水) 15:15:12 ID:XT1Y06qG
- 我々国民は、今こそ民主主義を学び、国家の経営者としての自覚を高める必要がある。
ここで民主主義の意識を高めて行けば、おのずと国民の為の政治へと変化して行く事だろう。
米国の属国状態や赤字経営状態から脱するには、我々が自ら進んで民主主義の真髄を学び
国民全体の自治意識を高めねばなるまい。そして、国自身が進んで民主主義教育を徹底する
ように我々国民が政治家の意識を変えて行く事が重要である。部下である政治家の口車に
乗らずに冷静に判断出来る、賢い経営者である事が重要である。
そもそも民主主義教育をしっかり行っておけば、愛国心教育とか自己責任というものを強調
する必要もないのである。民主主義における本来の国家組織とは、国民同士が助け合い
支え合う為の支援機関である。政治も外交も、国民の生活の為にある。そこに自分の関わりが
あって、自分の一見小さな決断である投票が、人々の暮らしを左右する大きな決断につながって
いるという事実を本当に理解するならば、愛国心や責任感に向き合わざるを得ない。
民主主義の真髄を理解せずして、健全な民主国家の運営など不可能である。権力の頂点である
我々国民が、まず民主国家運営の基本である民主主義について、進んで学ぶ事が先決なのである。
現在の我々は、どちらかと言えば駄目な経営者かもしれない。だが汚名返上して優れた経営者に
なる事は可能である。国家運営の正常化は、我々国民自身の手にかかっているのだ。
日本の真の民主化はこれからと言えよう。
- 69 :無党派さん:2008/03/07(金) 16:07:10 ID:dCtLb6Pp
- 今より良い憲法に改憲とは、より民主主義が機能し、腐敗、不正が起こりにくく
国民の人権がより守られるものでなくてはいけない。
しかし、自民党の議員が考える憲法は逆な気がする。
はっきり言って、自民党に限らず今の国会議員は信用できない。
それなら、多くの一般国民にとっては改正せず、今の憲法のままの方が絶対まし。
- 70 :無党派さん:2008/03/07(金) 16:18:42 ID:2Ui3r9gN
- 大学で憲法総則すら受けてなさそうなDQNな国家主義者の議員が大杉。
- 71 :無党派さん:2008/03/09(日) 14:28:35 ID:L33jsvIk
- 文部省著作教科書『民主主義(上・下)』(1948・1949年刊)より
人間を個人として尊重する立場は、個人主義である。だから、民主主義の根本精神
は個人主義に立脚する。軍国主義の時代の日本の政治家や思想家たちは、民主主義を
圧迫した。したがって、その根本にある個人主義を、いやしむべき利己主義であると
ののしった。しかし、これほど大きなまちがいはない。個人主義は、個人こそあらゆる
社会活動の単位であり、したがって、個人の完成こそいっさいの社会進歩の基礎で
あることを認める立場である。すべての個人が社会人としてりっぱになれば、世の中は
自然とりっぱになる。個人個人の生活が向上すれば、おのずと明かるい幸福な社会が
作り上げられる。ゆえに、尊重さるべきものは、「一部の人間」ではなく、まして
いわんや「おのれひとり」ではなく、生きとし生ける「すべての個人」である。
その考え方のどこに、いやしむべき利己主義がひそんでいるであろうか。
- 72 :無党派さん:2008/03/09(日) 14:30:29 ID:L33jsvIk
- 続き
民主主義に反対するものは、独裁主義である。ゆえに、独裁主義は個人主義を
排斥する。そうして、その代わりに、全体主義を主張する。
全体主義は、個人を尊重しないで、個人をこえた社会全体を尊重する。民族全体
とか国家全体とかいうようなものを、一番尊いものと考える。・・・
独裁者は、国民にそういうことを教えこんで、国民が犠牲をいとわないようにしむける。
そうして、これは民族のためだ、国家のためだといって、「滅私奉公」の政策を強要する。
その間に、戦争を計画し、戦争を準備する。戦争ほど個人の犠牲を大量に必要とするものはない。
だから、戦争という大ばくちをやろうとする者は、国民に、国家のために命をささげるのが
尊いことだと思いこませる。道徳も、宗教も、教育も、すべてそういう政策の道具につかわれる。
全体主義者は、民主主義をけなすために、民主主義は個人主義だから、民主国家の国民は国家観念
がうすく、愛国心に乏しいという。愛国心に乏しいから、いくら軍艦や飛行機をたくさん持っていても
戦争には弱いという。それがどんなに大きなまちがいであるかは、今度の戦争でよく証明された。
民主主義者は、国家の重んずべきことを心得ている。祖国の愛すべきことを知っている。
しかし、国家のためということを名として、国民の個人としての尊厳な自由や権利を踏みにじることに
対しては、あくまでも反対する。国家は、社会生活の秩序を維持し、国民の幸福を増進するために必要
な制度であってこそ、重んぜられるべきである。国民がともに働き、ともどもに助けあい、一致団結して
築き上げた祖国であればこそ、愛するに値する。民主主義が最も尊ぶものは、個人生活の完成であり、
すべての個人の連帯・協力によって発達して行くところの社会生活である。国家は、さような社会生活の
向上・発展を保護し、促進するために存在する政治上の組織にほかならない。・・・
- 73 :無党派さん:2008/03/15(土) 15:13:41 ID:5lSzsWn+
- 丸山真男の全体主義の図式 日本のファシズムの特徴
1.家族主義
福沢諭吉「一身独立して、一国独立する」
しかし伊藤博文など大日本帝国憲法の制作者たちはヨーロッパのキリスト教
に代わって天皇制によって日本を一体化させようとした
よって【国家(天皇)→ 中間共同体 → 個人】が結びつく
天皇の赤子としての国民/その雛形としての中間共同体
・教育勅語のような道徳を重視する→中性国家ではない
・ヨーロッパ的な公領域/私領域という区別がない
2.農本主義
反中央集権的・田園賛美的
ファシズム運動が起こったもっとも大きな動機は昭和恐慌以降の農村の窮乏化
ナチスが労働者を重視したのとは対照的
・ 日本でのファシズム運動を担ったのはインテリ層(ヨーロッパ的教養を持つ人間)
ではなく亜インテリ層(土着の権力者)
→日本におけるインテリ層の大衆からの孤立
3.無責任の体系(無限責任=無責任)
「明治憲法において『殆ど他の諸国の憲法には類例を見ない』大権中心主義や
皇室自立主義をとりながら、というよりも、まさにそれ故に、元老・重臣など
超憲法的存在の媒介によらないでは国会意思が一元化されないような体制が
つくられたことも、決断主体(責任の所属)を明確化することを避け、
『もちつもたれつ』の曖昧な行為関連(神輿担ぎに象徴される!)を好む行動様式が
冥々に作用している」
「『神輿』はしばしば単なるロボットであり、『無為にして化する』。『神輿』を
直接『擁』して実権を振るうのは文武の役人であり、彼らは『神輿』から下降する
正当性を権力の基礎として無力な人民を支配するが、他方無法者に対してはどこか
尻尾をつかまえられて引きまわされる」
・日本ファシズムの矮小性/指導者の指導意識の希薄
・ナチスやイタリアファシズムが大衆運動から出発した(下からのファシズム)
のに対して日本のファシズムは上からのファシズムである
- 74 :無党派さん:2008/03/15(土) 15:14:18 ID:5lSzsWn+
- 『無責任の体系』
「まず第一に、明治以降の近代国家の成立にさいして、日本は国家を技術的・中立的な
ものとすることに失敗し、国家が倫理的実体の体現者となってしまった。これは典型的
には天皇主権にほかならず、それを側面から支えたのは、例えば教育勅語のような
国家的教育、倫理の公式化であった。つまり国家は、政治権力と精神的権威の両方を独占
したわけである。 第二に、その結果、主権者はただの力の表象であるだけではなく
倫理的絶対性の表象ともなる。日本という国家は「大義」を背負った国家ということになる。
こうして、日本においては固有の意味での権力意識は成立せず、権力は絶えず倫理に
寄りかかり、支配はつねに外的な(国家が体現する)倫理によって正当化される。
そして第三に、こうしたことが個人においては、みずから責任をとろうとする態度を
育てることなく、天皇という価値の究極的実体に責任を転嫁することとなる。
個人を動かすものは合法性の意識ではなく、あくまでも『究極的実体』への距離の
近さということになる。この『天皇への距離』が、軍人や官僚に権力を与えるのだが
しかし、この権力は個人の資質や合法性に裏付けられたものではないので、本質的に
より上の権威に寄り掛かった無責任なものにすぎない。こうして、誰もが責任を
とらない、いわゆる『無責任の体系』が成立する」
- 75 :無党派さん:2008/03/15(土) 17:19:13 ID:1LyNCVtY
- ブログ「世に倦む日日」って誰が書いてるか教えてよ。
- 76 :コミュニティー基本法は危険:2008/03/15(土) 17:48:11 ID:JhwnuWJ9
-
今、右翼政党自民党が計画しているコミュニティ基本法は、
戦争中に戦争推進に利用された町内会の隣組の精神的復活の為の布石だ。
日本の民主主義の発展を阻害してきた三大要因である、
天皇制、儒教思想、町内会強化の動きの一つだ。
横文字を使った洒落たネーミングだが、
住基ネットが実は国民総背番号制であった様に、名前に騙されたらあかんよ。
- 77 :無党派さん:2008/03/19(水) 14:08:56 ID:rUMMN/Mo
- 儒教と教育勅語
http://www.geocities.jp/shougen60/jukyo.html 一部
その内容は、儒教の大きな影響のもとに作文されたことは、儒教の説くところを
知れば明らかとなります。
儒教では、前述した通り、もともと体制秩序は自然と同じように不変とされる故に、
秩序が乱れる原因は組織体制にあるのではなく、すべての原因は個人の責任に還元
されます。ところが、天道・天下・仁(普遍愛)と、五倫的人間関係という血統・
特殊・義理(差別愛)とは両極端を志向する矛盾を含んでいます。
しかも現実の体制を絶対化するために、儒教は政治権力に利用され保守主義に転化
します。徳川幕藩体制は、まさにそのような秩序で固められていた社会でありました。
「(儒教的)秩序の基本的構想自体が、人間の上下関係と親疎関係を基軸とした秩序
であって、そうした特殊な人間の秩序づけが秩序一般と等値され、それからの背反は
直ちに無秩序──つまりジャングルの法則だけが支配する禽獣世界への転落を意味する
と考えられたのである。ここには、普遍的な平等と友愛理念を基軸として、他者との
間に関係をとりむすぶこともまた秩序形成であるという考え方、あるいはまた、自他の
利害の対立、少なくとも不一致を社会の出発点とし、そうした特殊利害の間の抗争・妥協
・調整のプロセスを通じて、自発的に、いわば下から共同利害が形成されてゆくのも秩序
形成の一つのあり方であるという考え方も、はじめから視野の外にあったのである。
儒教的「民本主義」は結局、政治的権威の慈恵的統治(親子関係をモデルとして社会関係
を判断する考え方)を出ず、その人間尊重からは人権理念を内在的に導き出すことができない。
だから儒教的政治思想の問題性は、秩序に重きをおきすぎたことにあるのではなく、秩序
そのものの考え方にあるわけである。これが儒教思想が保守主義としてもそのままでは普遍性
を持ちえない所以である。倫理思想としても、家族・宗族ないしは村落共同体を超えた広汎な
社会関係が形成され、それを規律する公共倫理が必要とされる度合いにしたがって、儒教は
普遍的倫理としての難点をあらわにしてゆかざるをえない」
- 78 :無党派さん:2008/03/19(水) 14:41:57 ID:rUMMN/Mo
- 「儒教では、前述した通り、もともと体制秩序は自然と同じように不変とされる
故に、秩序が乱れる原因は組織体制にあるのではなく、すべての原因は個人の責任
に還元されます」
この前提に重大な錯誤が含まれています。何故なら、自然の山川草木や動植物には
人間の頭脳から生まれる欲望はないからです。人間だけが所有欲・支配欲・名誉欲
・権力欲など、際限なく欲望を拡大するのです。
したがって、社会を構成する様々な組織体制のトップ(これを首脳とか頭取と呼ぶ)
に私利私欲があれば、その社会は決して自然に等しい不変の秩序は保たれません。
その場合、秩序が乱れる原因は、まさに頭脳の役割をもつトップにあります。
人間の集団組織は自然のように不変ではなく、トップによってどのようにも変化
するのです。
日本の政治的首脳は総理大臣(首相)であるとすれば、美しい自然のような
「美しい国」になるためには、首相が「美しい心」を体現しなければ不可能で
ありましょう。
保守派は日本の伝統とか言いながら、なぜ中国の儒教的な思想と価値観なのか?
結局、日本には独自の思想などないのなら、欧米の自由、平等、基本的人権
の民主主義、立憲主義でいいのでは。
他国の文化などいいところは何でも、取り入れるのがむしろ、日本の伝統では。
- 79 :無党派さん:2008/03/22(土) 12:25:18 ID:mlX+JMD0
- 長谷川如是閑
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1179906079/
長谷川如是閑、ラッセルについて語る
ラッセルの世界政府という思想は、日本人の肌に合うものだ。日本人はがんらい
複合民族で、民族意識の少ないのが特徴だ。神道なぞいうのも、うっかりすると
日本ナショナリズムのシンボルみたいに考えられがちだが、それは見当違いで、
祖先自慢式の他愛もないものである。日本仏教も概して排他的なものではない。
つまりナショナルなものより国際性のまさっているのが日本的性格で、そこに
日本人の世界平和へ向っての進歩的意義や使命みたいなものもあるのだが、
それに対して、この頃、日本人としての自覚が足りないとか、国民的誇りを
もてとか、妙にナショナルな精神を強調する説が出てきたのは奇怪千万で、
こうした愚論に教育者までが戸惑しているのだから情無い。
子供の頭を非ナショナルなものに作りあげることが、これからの教育の課題だ。
- 80 :無党派さん:2008/03/22(土) 12:57:40 ID:yCefgunj
- >>78
保守派の連中が言うところの「日本の伝統」とはほとんどの場合、「大日本帝国の伝統」のなかの
自分にとって好都合なもののこと。
それ以前の日本(列島の各地で存在した「伝統」)がどうであったかとか、考えたことなどないだろう。
- 81 :無党派さん:2008/03/22(土) 15:51:27 ID:D1a27d2k
- 「大和魂」という言葉が存在するが、これは本来は外来の知識を摂取して、柔軟に応用する姿勢を
指したものだからな。そもそもナショナリズムとは対極に位置する概念。
>>80
で、その「大日本帝国の伝統」というのは元をたどれば
中国・朝鮮の朱子学原理主義型の儒教+ドイツ型中央集権だからな。
保守派の連中はしばしば中国や朝鮮を非難するが、彼ら自身が中国・朝鮮的な思考に
犯されてるとしか言いようがない。まさにフォースの韓国面に堕ちているwww
日本の伝統から考えれば英米型自由主義とフランス型立憲主義を組み合わせた
レッセ・フェール的な体制が相応しい。
で、そのことを理解してる議員が民主党右派(ってか日本新党・さきがけ)の一部にしかいないから困る。
- 82 :無党派さん:2008/03/26(水) 15:05:26 ID:uceTpzP1
- 「改憲論」に潜むナチズムの病巣(王権神授と民族精神の高揚)
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050519
「大日本帝国憲法」は、見かけ上ヨーロッパ諸国の近代憲法の体裁をとっていますが
君主の権威が強大なドイツ帝国(プロイセン・ドイツ)型の立憲君主制を手本とし、
そこへ日本独自の「万世一系の天皇」を中心とする国家観を付与したものです。
つまり、それは絶対君主主義的性格のものでもあります。結局、「大日本帝国憲法」
は、「議会という立憲的要素」と「絶対君主主義的要素」の二つを併せ持つ憲法ですが
「外見的立憲主義」と呼ばれています。
「プロイセン憲法」を手本として起草された「大日本帝国憲法」が「プロイセン憲法」
の病根をそっくり宿していたため、結局、日本では軍部の暴走を誰も止めることが
できないという国家ガバナンスの破綻を迎える羽目になったのです。
現在の改憲論議で気がかりことは、自民党の改憲案を始めとする論議の内容を見る
限り、このような意味での危機感がきわめて希薄だという点です。むしろ、積極的
に「プロイセン憲法」が宿していた病根を再評価するべきだというような風潮が
あることが気がかりです。日本国民も、このような病根論議については殆ど無関心
であるか、あるいは気がついておらず、ただ刹那的・反射的に“歴史などに拘らず
新しい時代の日本のためには変えるべきは変えるという積極性が必要だ”という
ようなレベルの議論が目立つことも気がかりです。
- 83 :無党派さん:2008/03/26(水) 15:13:23 ID:uceTpzP1
- 日本
プロイセン・ドイツの「授権規範性が意図的に排除」された「プロイセン憲法」
を媒介に日本の「大日本帝国憲法」へ伝染。神権政治(神格天皇)が合法化され
天皇大権が確立。天皇を頂点とする国体守護のために上からの愛国心が強要される。
一方で「軍事国体論」の象徴として創建された靖国神社が日本ファシズムの王道を
準備する。
・・・結局、天皇大権を盾にする軍部が独走してアジアへの侵略戦争と太平洋戦争
へ突入し、議会による財政面からの国家ガバナンス機能も崩壊した。
授権規範性
:フランス革命、ピューリタン革命以降に認識された「憲法」の本性的な役割。
立憲君主制であれ、議会民主制であれ、政治権力は必ず暴政へ走る恐れが
あることが前提とされる。このため、「憲法」によって政治権力の手足を縛る役割
が期待されるようになった。これが「憲法」の授権規範性ということである。
当然ながら、「日本国憲法」を始めとして、現代世界の民主憲法にはこの役割が
強く期待されている。つまり、国民は「憲法」を介して政治権力の腐敗や暴走を
監視していることになる。
- 84 :無党派さん:2008/03/29(土) 13:44:40 ID:uCnZ13hM
- ヨーロッパの国家の特色として中性国家であることが挙げられる。真理や道徳、
その他良心や宗教といった内容的価値に対して国家は中立的な立場をとり、
国家主権の基礎は形式的な法機構の上に成り立っているため、内容的価値判断は
個人の良心かもしくはそれを司る独立した機関に委ねられていた。
ヨーロッパ近代国家が中性国家化したのは、宗教戦争の結果としての妥協である。
ホッブス、ロック、ルソーといった彼らの思想は、宗教戦争の惨禍から、どのよう
にして公的なものと私的なものを切り離すのか、という問題意識から出発してます。
つまり、宗教と国家がに結びついた場合、どれほど悲惨な状況が生み出されるのか
ヨーロッパの社会の悲劇なかから彼らの考えが生まれた、それは宗教の領域を
あくまで私的な空間に封じ込め、その代わり国家は具体的な信仰の内実から手を引く。
そこから政教分離の考えが生まれたのです。
日本国憲法、第20条〔信教の自由〕
1 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。
いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない
日本の憲法が厳格な政教分離原則を設けたのはやはり国家が神道を利用して天皇制
祭政一致国家をつくって国民を戦争に駆り立てた反省から来ているわけです。
しかし自民党の示した新憲法草案では政教分離の原則を緩めようという考えが
明確に出ています。これは近代国家、近代憲法を創り出した歴史と原理をまったく
理解してない人々による主張です。
- 85 :無党派さん:2008/03/29(土) 19:05:47 ID:n4HcYBqN
- 自民党の改憲したい議員の本音は大日本帝国復活なんだろう
少しずつ変えていって、最終的に天皇大権、国民は臣民へ
その後、アメリカと対立、そしてまた同じ失敗を繰り返す
ありえないと思ってる人は、明治の頃伊藤博文たちがその何十年後
まさか軍部に政府が乗っ取られ、天皇の権威を利用する
軍国主義の国になるとは想像してなかったことを考えてみればいい
民主主義なんて国民が無関心でしっかり監視してなければ
いつなくなっても、おかしくない
決して一度成立すれば永遠に続く訳ではない
- 86 :無党派さん:2008/03/29(土) 21:07:09 ID:g4U3Bkl9
- www.unicef.or.jp
「なくそう!子どもポルノ」キャンペーンに関するお問い合わせについて(3月28日分)。
日本ユニセフや自民党、公明党のやり口は下記の憲法に違反している。
日本国憲法、第21条
@集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障る。
A検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
- 87 :無党派さん:2008/03/30(日) 15:33:50 ID:DLDCYV12
- 自民党の議員は憲法や民主主義の歴史や思想など全然勉強してない奴が多そう
ていうより、本当はどうでもいいか、国家主義者か、馬鹿かどれかなんだろうけど。
宗教と愛国心教育が組み合わさり、さらに民主主義がなくなったら、どんなことに
なるか、日本だけでなく過去、現在を含めた歴史、国際情勢を勉強すれば
わかるだろうに。
ナチスが民主主義の制度を利用して政権についたが、その後は憲法も民主主義
を無視した独裁になった。
当時、ドイツはワイマール憲法のもと民主主義だった
ただナチスが支持を伸ばしていった理由には、色々あるが学校教育において
愛国心教育や当時の第一次世界大戦を正当化し対戦国を多額の賠償金と加えて
不満に感じさせ憎むような教育をしてたと言われてる事を忘れてはいけない。
もちろん、この教訓がドイツ、日本の占領政策に生かされることになる。
ただこういう歴史は日本だけでなくアメリカなども忘れてきてるよう感じる。
ドイツではナチスの亡霊とかいうのを聞いたことがあるが、日本にも
大日本帝国の亡霊のようなのが、国会議員のなかにいる。
これらが、政治的な影響力がなくなるようになるまで憲法改正なんて
とても怖くてさせられない。
- 88 :無党派さん:2008/03/30(日) 21:37:02 ID:xFODMf7k
- >>87
世界史や憲法総則の時間は寝てた奴が多いんじゃないか?
- 89 :無党派さん:2008/04/01(火) 15:08:35 ID:ZjuGXml5
- 長谷川如是閑は大正期の日本がドイツの学問に傾倒したことが日本の進路を間違え
させたといって厳しく批判された。
哲学に罪があるわけではないと思うが、形而上学の充分にこなれていない難解な用語
を使って議論をすればどうしても空理空論となのではなかろうか。
アングロサクソン流のコモンセンスに裏打ちされた学問をした長谷川如是閑などは
どうにも我慢ならなかったようだ。
とにかく心しなければならないのは充分に理解できていない用語を使って現実から
離れた空理空論をしてはならないことだと思う。
限られた世界で衒学的な用語を使って議論している限りは他愛もないこと笑って
済まされようが、政治家の漠然とした充分に理解できていない言葉を使っての演説
を聞く時などは決して安易に鵜呑みにしないことだと思う。
ドイツのヒトラ−の第三帝国に刺激されて、日本でも「大東亜の新秩序の建設」等
のスロ−ガンのもとに戦争への道を突き進んだ。
目の前にある地道な改革に取り組むことなく起死回生の妙策とばかりに口当たりの良い
しかも、内容がはっきりとしないスロ−ガンに追従することぐらい危険なことはない。
昭和15年の帝国議会で斎藤隆夫が、
「徒に聖戦の美名にかくれて、国民的犠牲を閑却し曰く道義外交曰く共存共栄、曰く
世界の平和、かくの如き雲を掴むような文字を並べ・・・」と糾弾して
議会から除名されたことは決して忘れてはならないことだと思う。
- 90 :無党派さん:2008/04/02(水) 15:42:55 ID:UnLUfDjb
- 1996年に82歳で亡くなられた丸山真男氏という、戦後民主主義
を代表する思想家がいます。
かつて丸山は「大日本帝国の『実在』よりも戦後民主主義の『虚妄』の方に賭ける」
と書いた。かれは、いったい戦後という時代のはじまりに、その時代の終わりとして
何を見たのか。いったい何を守ろうとしてその身を「賭け」たのか。
丸山は「『である』ことと『する』こと」(『日本の思想』)に、こう書いて
いる。「民主主義というものは、人民が本来制度の自己目的化ー物神化ーを不断に
警戒し、制度の現実の働き方を絶えず監視し批判する姿勢によって、はじめて生きた
ものとなり得るのです。それは民主主義という名の制度自体についてなによりあてはまる。
つまり自由と同じように民主主義も、不断の民主化によって辛うじて民主主義でありうる
ような、そうした性格を本質的にもっています。民主主義的思考とは、定義や結論よりも
プロセスを重視することだといわれることの、もっとも内奥の意味がそこにあるわけです。」
丸山は「八・一五」に革命があったと考えた。丸山にとって守るべきものは、実在の
「戦後民主主義」ではなく、本来虚構的な「民主主義」という理念そのものだった。そのこと
「八・一五」に対する丸山の意味づけは、流動的である。敗戦直後は「民主革命」として
とらえ、六十年安保闘争の後では「平和主義」として意味づけるようになる。これは思想に
一貫性がないのではなく、不断に「戦後民主主義」の規定が更新され続けた結果であるだろう。
丸山は『現代政治の思想と行動』に、「『永久革命』とはまさに民主主義にこそふさわしい
名辞である」と書いている。丸山にとって「戦後民主主義」はひとつのプロセスにすぎなかった。
- 91 :無党派さん:2008/04/02(水) 15:48:41 ID:UnLUfDjb
- 丸山真男は、政治のシロウトが政治の関心をもたなければ真の民主主義は
なりたたないという。
自由と同じように民主主義も、不断の民主化によって辛うじて民主主義でありうる
「権利の上に眠る者」
「国民は今や主権者となった。しかし、主権者であることに安住して、その権利の行使
を怠っていると、ある朝目覚めてみると、もはや主権者でなくなっているという事態が
起きることは十分にありうる」というわけです。
自民党の考える憲法改正は民主主義を形骸化をしようとしてる。
- 92 :無党派さん:2008/04/02(水) 17:40:36 ID:8mM92TTQ
- 枝野は常にその事について言及しているな
俺はそれを全面的に支持している
- 93 :無党派さん:2008/04/04(金) 15:24:35 ID:o65JZp6c
- 憲法の最高法規性
いうまでもなく憲法は、国家の最高法規であり、国家のすべての法律や規則(法規)
そして組織は、憲法を頂点として定められている。日本国憲法第98条が
「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び
国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と規定して
いるのも、この原則(憲法の最高法規性)の確認である。
また、憲法第第99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の
公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」と規定し、これらの人々に
憲法尊重擁護義務をあらためて課している。
つまり、政治に携わる人々に、憲法を守り、さらに、憲法違反行為を予防し、
これに抵抗する義務を課したものといえるのである。
公務員等は、主権者である国民の信託によって、かつ国最高法規である憲法に
基づいて公務をつかさどっているのであるから、憲法を擁護しなければならないの
は当然であることから、フランス革命の成果である1791年のフランス憲法以来
世界の多くの憲法は、国政担当者や公務員等に憲法擁護義務を課し、また宣誓を
求めている。こうした人々が憲法をないがしろにすれば、重大事態となるからで
ある。
また、この条項には、ワイマール憲法が崩壊し、ファシズム(ナチス・ドイツ)
が形成された歴史を振り返るまでもなく、これら権力の座にある者が憲法を軽視
あるいは無視して国民の基本的人権を抑圧した事実に対する歴史的反省が込め
られているのである。
- 94 :<53<27:2008/04/04(金) 16:48:03 ID:MZicYG4t
- 国民の血税を強奪するために 投稿日:2008年 2月21日(木)
http://esashib.hp.infoseek.co.jp/yubari01.htm
軍需経済こそが社会の醜悪な病原菌だといわれる理由は只の巨額利権だけにあるのではない。
命令されれば虐殺兵器の引き金を引くような不気味でおぞましい若者たちを
社会の中に必然的に生み出していくという恐るべき退廃の固定化にあるのだ。
兵器によって家族を虐殺された者の血を吐くような絶叫さえ聴こえない、荒涼たる社会を生み出すからだ。
http://mushikui.tripod.com/mdriken01.htm
イージス艦・あたご1475億円・ 年間維持費40億円
漁船1隻見つけられない詐欺戦艦 2008・2・19
乗組員300人・1500億円の詐欺戦艦イージス「あたご」漁場に侵入・破壊される市民生活
市民の平穏な生活圏を破壊し続ける軍需経済
国民の血税を強奪するために有りもしない軍事危機が捏造されマンガの様な巨額インチキ兵器が量産されて行く
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-10-31/03_01.html
- 95 :無党派さん:2008/04/06(日) 14:52:37 ID:+mB0RbXm
- 憲法「押しつけ」論の幻(小西豊治著 講談社現代新書)という本があります
その本では、最初のアメリカ側の憲法改正案には国民主権を明確に言及されてなく
かなり保守的であったと言われてます。
「主権在民」も「象徴天皇」も占領軍の最初の構想では明確ではなく、特に天皇の
扱いには占領軍も苦慮していた。
そこに、在野の「憲法研究会」(鈴木安蔵他7名)が早くも1945年12月に「憲法草案要綱」
を首相官邸に提出し記者団に発表した。その中では、「主権在民」や「象徴天皇」が明確
に位置づけられており、この内容は占領軍も度肝を抜く内容であった。政治顧問アチソン
は、本国に緊急の書簡を送り、その衝撃を伝えているという。
これが、その後マッカーサーが、「国体護持」で煮え切らぬ政府に、「推しつけた」と
される、憲法の骨子となっている。
鈴木安蔵は明治・自由民権運動の論客・植木枝盛(土佐)を、家永三郎よりも早く研究
していた第一人者であり、「主権在民」も「象徴天皇」も植木枝盛が著した
「東洋大日本国憲按」や植木枝盛が原案を書いたと言われる土佐立志社の「国憲按」で
打ち出されていたものである。著者・小西豊治氏は、「主権在民」「象徴天皇」のルーツ
が植木枝盛の国憲按にあり、占領軍で憲法制定に深く関わった弁護士出身のラウエルや
ノーマンも、鈴木安蔵の論に影響されてか、あるいは独自の視点からか植木枝盛を研究
していたことを解き明かしてゆく。そして、「主権在民」も「象徴天皇」も、日本人民
の叡智であることを論証して行くのである。
- 96 :無党派さん:2008/04/06(日) 18:13:50 ID:I3U51AdV
- 長文貼ってる人には申し訳ないが、もう少し整理した短文で頼む。
たまたまこのスレを見た人には荒らしにしか見えないw
- 97 :無党派さん:2008/04/09(水) 13:49:54 ID:BIJ0CRgB
- 今の憲法はアメリカの押し付け、日本は与えられた民主主義と思われがちだが
マッカッサー草案は憲法研究会の案に影響をうけていて、その案は明治の
自由民権運動の頃の植木枝盛の憲法の案から影響を受けている、植木の案は
完全に民主主義の憲法であり、明確に国民主権と天皇は儀礼的な存在とあり
自由や人権についての保証してあったという。
自由民権運動時代に多くの私議憲法草案が出されたが、そのほとんどが
明治憲法よりデモクラティックなものだったという。
その後大日本帝国に日本はなっていき、一部の知識人やエリート以外は民主主義
思想に触れることがなくなり、さらに軍部が政治を動かすようになると自由主義
は弾圧の対象になっていくということだが、しかし日本にも民主主義の歴史があり
日本は自力で民主主義を勝ち取った訳ではないが、日本人の思想、価値観には
幕末以降から入ってきた民主主義の思想に影響受けた人たちがいて、それなり
の伝統があり、戦後占領されて初めて民主主義を教えられた訳ではない。
大日本帝国など日本の歴史の一部に過ぎず、そんなものは日本の守るべきもの
でもなんでもない、憲法研究会の話から考えれば日本国憲法の多くは日本人が
作ったといってもいいだろう。
- 98 :無党派さん:2008/04/13(日) 14:21:54 ID:W/Yn71iM
- 日本国憲法を押しつけた、とされているアメリカ側は実際には国民主権の
宣言を規定を設けるアイデアを持っていなかった。
アメリカが主権を見落としたのには、法制史上の理由があり、アメリカの
憲法には国民主権の宣言規定がなく、それに慣れ親しんでいたので、主として
フランス憲法思想の伝統となった国民主権の宣言規定の必要性、重要性に
思いいたらなかった。
アメリカは天皇の軍事的特権を奪い、政治的権限を縮小してもなお残る
天皇の精神的影響力、精神的権威の利用の可能性、危険性を思わず
ここに君主制の歴史をもたないアメリカ側の盲点があった。
「時の政府」は自己の保身、政策実現に「天皇の権威」を利用する可能性
があり、それを完璧に封じ込める道が「天皇の儀礼的存在=「天皇の政治への
無関与」なのだということに、アメリカは最初は気づいてなかったと言える。
アメリカ側にそのことを思い知らせたのが、憲法研究会草案であった。
宗教戦争の惨禍を経験したヨーロッパ社会は、近代国家を形成する際、宗教と
政治をどう分離すべきかを最も重要視してそれが、政教分離の原理を土台とした
政治思想を形成したのですが、アメリカは宗教戦争から逃れた人々がつくった
国家であり、封建制、王制から民主化する大変さを経験せず、政教分離の重要性
の意識が低い、そして今でもその傾向がある。
アメリカは憲法でもっとも重要ともいう主権の宣言規定と言う問題を見過ごし
ていて、それを気づかせたのは憲法研究会であり、植木枝盛の憲法案や
明治期のデモクラシーの思想と伝統である。
日本人は明治の自由民権運動の歴史を忘れてはいけない。
- 99 :無党派さん:2008/04/15(火) 14:42:39 ID:Yad1zgrB
- 憲法研究会案は明確に直接民主制志向を示していた。国民投票によって議会が
解散されることもあるし、国民投票によって議会の決議を無効にすることもできた。
ただそれはマッカーサー草案には採用されなかった。
憲法研究会会員たちは、代議政治を百パーセント信頼していなかった。
戦前、人権を抑圧する法=治安維持法を議会がつくりだし、議会がつくりだし
議会は軍部の横暴を止めることができなかった事実を目のあたりにしている。
鈴木安蔵は、戦前日本では行政権も司法権もはなはだしく国民から超越し
三権分立は空洞化し、専制的一元的統治となっていたから、議会の権限をいかに
拡大しても日本国家の民主化のためには不十分であると指摘。
議会自身が「真に民主主義の十全な具現者であることは簡単ではない」と述べ
マッカーサー草案に対して補正要求を突きつけている。
その言葉には現代政治になお有効な視点が示されている。
鈴木はマ草案は人身の自由等についての保障規定などは我々の草案より優れた
ものであるが社会的基本権の規定においては我々の草案の見地にははるか
及ばない、と述べ現在の日本国憲法25条がマッカーサー草案に欠けており
それは本来、憲法研究会が生み出したものであると指摘し、実際、研究会員の
森戸辰男が社会党代議士として政府案に25条を追加せよと主張し可決された
のである。
第25条【国民の生存権と国の責務】
1 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び
公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
- 100 :無党派さん:2008/04/15(火) 15:16:53 ID:Yad1zgrB
- 憲法研究会案の福祉国家志向と直接民主制志向は、現代なお有効な視点を
掲示し、二十一世紀の新しい憲法を考える重要な素材を示している。
研究会案は、終戦の年にいち早くつくられ、極東委員会の成立をひかえ
一週間での作成を強いられたマッカーサー草案の成立を助けた。
そして今日もなお、新しい時代の憲法を考える豊かな視点を示して
国民主権の原則を日常的に具体的に実現するにはどうすればよいのか、現代
の憲法構想を助けている。
もちろん国民投票による議会の解散など直接民主制はその基盤に国民の高い
政治意識と責任感がなければいけない。
直接民主制の拡大は国民の政治的自覚と民主主義の意識の成熟が重要である。
現状では今の憲法のもと政治家も含め民主主義国家として日本が成熟するまで
は難しいと思える。そしてその間はより良い改憲でも憲法改正は時期尚早だろう。
- 101 :無党派さん:2008/04/18(金) 13:44:56 ID:7BV1D8Z8
- 日本国憲法 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95
内容の一部
総司令部は、当初、憲法改正については過度の干渉をしない方針であった。しかし、
総司令部は、1946年(昭和21年)の年明け頃から、民間の憲法改正草案、特に
憲法研究会の「憲法草案要綱」に注目しながら、日本の憲法に関する調査・研究の
動きを活発化させた。もっとも、同年1月中は、憲法改正に関する準備作業を続け、
日本政府による憲法改正案の提出を待つ姿勢をとり続けた。
しかし極東委員会の発足後は、マッカーサーの権限が無制限でなくなる。
総司令部は、このまま日本政府に任せておいては、極東委員会の国際世論(特にソ連、
オーストラリア)から天皇制の廃止を要求されるおそれがあると判断し、総司令部が
草案を作成することを決定した。
起草にあたったホイットニー局長以下25人のうち、ホイットニーを含む4人には弁護士
経験があった。しかし、憲法学を専攻した者は一人もいなかったため、日本の民間憲法
草案(特に憲法研究会の「憲法草案要綱」)や、世界各国の憲法が参考にされた。
憲法条文・重要文書 | 日本国憲法の誕生
http://www.ndl.go.jp/constitution/etc/j01.html
- 102 :無党派さん:2008/04/18(金) 14:08:17 ID:7BV1D8Z8
- 用語解説 | 日本国憲法の誕生
http://www.ndl.go.jp/constitution/etc/yogo.html
憲法研究会
「憲法草案要綱」を作成した民間グループ。統計学者の高野岩三郎の呼びかけで
1945年11月5日に結成された。メンバーは、高野、馬場恒吾、杉森孝次郎、森戸辰男、
岩淵辰雄、室伏高信、鈴木安蔵ら。国民主権や生存権規定、寄生的土地所有の廃止
などを盛りこんだ改正案の内容にはGHQのスタッフも注目し、GHQ草案作成に大きな
影響を与えた。なお、憲法研究会案に満足できなかった高野は、天皇制廃止・大統領制
を採用した独自の「改正憲法私案要綱」を雑誌に発表した。
憲法研究会「憲法草案要綱」
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kennpoukennkyuukai.htm
NHKスペシャル 「日本国憲法 誕生」 - 9条の会を応援する有志のブログ
http://blog.goo.ne.jp/kenpou_article-9/e/da41897ce27e313b78ee7c9b5e863526
- 103 :無党派さん:2008/04/18(金) 14:13:31 ID:zmoofgyl
- この件に関して、めずらしく社民は間違ったことを言っていない。
法はすべて権力を制限するもの。
刑法だって、「10年以下の懲役に処す」とあるものに
懲役15年だとかの判決をすることを禁じているものだし。
- 104 :無党派さん:2008/04/20(日) 13:42:14 ID:5jj0Gj59
- この前、社民党ではないが何かの団体が憲法について演説してたが相変わらず
憲法9条の事ばかりで、このままでは日本は戦争をする国になる、とか叫んでました。
はっきり言って、このような演説はもう何度も聞いてるので聞き飽きたと思ってる人
は多いのではないでしょうか。
去年の憲法の世論調査では確か、憲法改正には賛成が上回ったが9条に関しては
改正反対の方が多かった。つまり平和主義に関してはもう浸透している。
もちろん言いつづける必要もあるだろうが、それより民主主義、立憲主義について
訴えていった方が良いと思う。
自分は身近の親や友人に憲法は国民が守るものではなく国家に向けられたもので
権力の暴走を防ぐ為や、国民の人権、権利などを守る為に国民が国家や権力に命令
してるものだということを説明したら、数人にだけですが、みんな知りませんでした。
おそらく日本全体でそれはど政治に関心のない人なら知らない人は多いと思います。
憲法改正に賛成と世論調査で答えた人も知らないで答えている人も多いのでは。
この立憲主義と権力は必ず腐敗する、権力は必要悪という認識をもって憲法を考える
のと、考えないのでは大きく違うはずだと思います。
ですので社民党に限らず、護憲派、あるいは改憲派でも民主主義を重視し国民の為
の憲法を考えてる方は憲法は国家権力を縛るものだともっと訴えてほしい。
そのほうが国家主義的な憲法の自民党に対して疑問や不安を持つ人は増えると思います。
- 105 :無党派さん:2008/04/22(火) 15:55:17 ID:/Y7kOizS
- 「憲法改正」行く末は北朝鮮
http://money6.2ch.net/test/read.cgi/seiji/1192003195/
北朝鮮はヒトラー、スターリン、そして大日本帝国を手本にしたらしい
からいつか日本が戦前に逆戻りは十分ありえる
- 106 :無党派さん:2008/04/22(火) 16:03:26 ID:/Y7kOizS
- 北朝鮮はヒトラー、スターリン、そして大日本帝国を手本にしたらしい
からいつか日本が戦前に逆戻りは十分ありえる
戦前に逆戻り=北朝鮮のような国になること
- 107 :無党派さん:2008/04/27(日) 14:49:25 ID:AZ5nZaKk
- 自民党新憲法草案の恐ろしい中身
http://money6.2ch.net/test/read.cgi/seiji/1190437854/
http://www.news.janjan.jp/living/0707/0706308111/1.php より
近代立憲主義に逆行する自民党の新憲法草案
自民党の新憲法草案に「国民の責務」が多く出てくることについて言及しました。
新憲法草案の前文にも国防の責務が書かれていますが、なぜ国民の責務が憲法に
書き込まれているのか、その理由について率直に自民党に聞いてみたところ、
「個人の権利が肥大し、公の考えがなくなったから、国家と国民が共生するための
ルールを作る」と答えたそうです。斎藤さんは「とんでもない」と反論しながら、
「憲法は国家の権力を制限するもの。それ以外の何者でもない。それが原理原則。
国家は必要悪。国家の権力があまりに大きいので放置すると個人の人権が侵害される。
憲法というタガをはめる。それが近代立憲主義」であると述べ、「近代立憲主義を
ぶちこわしてしまうところに、自民党の新憲法草案の眼目がある」と厳しく批判しました。
安心・安全という言葉にだまされてはいけない
国家権力の暴走を防ぐルールを国民の生き方を定めるルールにするのが自民党と
公明党が進める改憲案であり、「大元が変わると9条もへったくれもない。
国家の利益に携わるもののために戦争をする。国民はその国家に奉仕し、命を差し出す
のは当たり前。貧しい人間が生存権を主張するのはもってのほか。言論の自由?
ふざけるな。こういう社会を自民党は構想していると、はっきり断言していいのではないか」との認識を示しました。
自民党は民主主義を骨抜きにする憲法を考える国家主義政党
こんな政党に選挙で投票することは非常に危険である。
- 108 :無党派さん:2008/05/01(木) 15:43:55 ID:Lca78yLz
- もうすぐ憲法記念日です、社民党は9条だけじゃなく、憲法が主権者の国民
から国家権力に対する命令、国家権力の暴走を防ぐもの、国民の人権、権利
を守るもの、国民が守るものでなく、国家が守る義務があるもの
国民に義務を求め、権力の縛りは緩くする自民党憲法草案は民主主義、立憲主義
を無視するもので危険なもの、などをもっと宣伝してください。
頼みます。
- 109 :無党派さん:2008/05/03(土) 13:50:50 ID:5vd/mxNJ
- 丸山真男が語ったこと
「私は、ぬくぬくとした今日の環境の中で、戦後の民主主義などは空虚な
イデオロギーだとか、平和憲法なんてたわごとだとかいう、いかにも
わけしりの口調をマスコミでいう人を見ると、正直のところ、いい気な
もんだなあと思いますが、それにしても、戦後民主主義や日本国憲法へ
の疑問や懐疑が出されることそれ自体は大変結構なことだと思います。
もしかりに、皆さんが、戦前に、大日本帝国憲法なんて虚妄だというよう
なことを公然口にしたらどういうことになるでしょうか。
皆さんはただちにつかまるだけではありません。おそらく一生涯、どこで
なにをしてようと、国家権力によって、見えないところから皆さんの
一挙手一投足をじっと監視される身になることを覚悟しなければなら
ないでしょう。」
丸山は戦前、特高刑事や憲兵に訪問されたり、尋問されたり、見えない所から
じっと監視され続ける、という恐怖を十年以上にわたって感じ「精神の内側に
無限に踏み込んで行く日本国家権力の性格」を痛切に思い知らされたらしい。
現在の自民党を中心に国家主義的な右寄りな議員の考える憲法は今は戦前のような
国にするつもりはないと考えてたとしても、愛国心教育などでいずれ国家が国民を
統制する憲法に徐々に改正され過去と同じ失敗を繰り返す日本にされる恐れが
あります。そこには歴史上、権力は腐敗することや、権力が暴走することや、その
怖さの認識のなさを感じます。
- 110 :権兵衛:2008/05/03(土) 14:09:12 ID:PeeD8Kmy
- 誰も読まないよなー
- 111 :無党派さん:2008/05/03(土) 16:43:59 ID:5vd/mxNJ
- マガジン9条『この人に聞きたい』
http://www.magazine9.jp/interv/kobayashi/index.html より
自民党中心の改憲論議のなかでは、憲法は国民が国家の権力を縛るものだという
立憲主義という前提自体が、自明なものではないかのごとく扱われています。
私は最初、これは悪意かな? と思ったんですね。知っていてわざと嘘
をついているのかな? と。しかし彼らは基本的に無知なんです。
自民党の二世、三世議員、世襲で権力者の階級になっているような人たちは、
「自分たちは間違えない」と勝手に思い込んでいる。なぜかというと、自分たち
こそが権力であり、判断基準だから。民主主義の制度の中では、権力は永遠じゃ
ないのに、自分たちは永遠に権力の座にいる気なんですね。
生まれたときからおじいちゃんは国会議員、お父さんも国会議員、そして自分も
当選したという人たちですから、権力を離さないし絶対に間違えない、という前提
がある。だから、自分たちを管理するという立憲主義の発想にはすごく抵抗が
あるんだろうね。
そうこうしているうちに、社会ではさまざまな異常な事件が起こる。そうすると、
「世の中が間違っている、国民を躾けなきゃいけない」政治家は法律をつくるのが
仕事で、法の法たる最高のものは憲法だから、憲法で取り締まればいい――となる。
そして、国民は国を愛する心を持つように・・・とか、家庭における役割分担を
きちんと考えよう・・・とか。これでは明治憲法下で神たる主権者=天皇が「告文」
に始まる大日本帝国憲法で、国民に説教をしていたのと同じです。
そういった最低限の歴史的教養も、国家論的教養もないんですよ。それで憲法改正を
論じているのは、傲慢以外の何物でもない。
- 112 :無党派さん:2008/05/03(土) 19:37:35 ID:JWxxIgHb
- 戦争の放棄は国が国民を守ることを放棄しているの?
もしかして自衛の「自」は国民じゃなくて
自衛隊そのものや国家を指すのかな。
- 113 :無党派さん:2008/05/03(土) 23:38:13 ID:yShF02Qb
- >>112
思想面から言えば、「戦争の放棄」は「正義の放棄」に等しい。
正義の女神像の右手に持っている物は剣である。非武装平和主義はその剣を奪い、正義の執行を否定することととれる。
- 114 :無党派さん:2008/05/04(日) 15:04:33 ID:B/YpetMp
- /ヽ ヾヽ
/ 人( ヽ\、ヽゝ
.| ノ ⌒,, ⌒,,`l
| / (o) (o) |
/ヽ | ー ー |
| 6`l ` , 、 | ____________
ヽ_ヽ 、_(、 _,)_/ /
\ ヽJJJJJJ < 本当は憲法の1条から8条まではなくしたい。天皇制は廃止したい。天皇は伊勢にでも逝け。
)\_ `―'/ \____________
/\  ̄| ̄_
( ヽ \ー'\ヽ
http://homepage2.nifty.com/goken-osaka/program.htm
- 115 :無党派さん:2008/05/06(火) 15:36:48 ID:OooV4+3/
- 改憲:(資料)読売新聞による最新世論調査結果(2008年)
http://blogs.yahoo.co.jp/ti_r2p4japan/36939288.html
憲法改正「反対」43.1%「賛成」42.5%─読売世論調査読売新聞社が今年
3月15〜16日の2日間に渡って実施した、憲法に関する毎年恒例の全国世論調査
の2008年度調査結果が発表されました。結果は、今の憲法を「改正する方がよい」
(42.5%)に対し、「改正しない方がよい」(43.1%)。また「改正する方がよい」
と答えた人の理由は、複数回答で「国際貢献など今の憲法では対応できない新たな
問題が生じているから」(45%)が最も多く、「改正しないほうがよい」と答えた人
では「世界に誇る平和憲法だから」(53%)が最も多かったそうです。
asahi.com:9条改正反対66%に増、賛成23%に減 本社調査 ...
http://www.asahi.com/special/08003/TKY200805020272.html
3日の憲法記念日に合わせて、朝日新聞社が実施した全国世論調査(電話)に
よると、憲法9条を「変えない方がよい」との回答が66%にのぼり、
「変える方がよい」の23%を大きく上回った。憲法改正が「必要」とする人は
56%いるが、その中で9条改正を支持する人の割合は37%にとどまり、54%
が「9条は変えない方がよい」と答えた。
憲法改正が「必要」と答えた人に理由を聞くと、74%が「新しい権利や制度を
盛り込むべきだから」と答えた。「9条に問題があるから」は13%、「自分たち
の手で新しい憲法を作りたいから」は9%にとどまった。
どちらの調査も憲法9条に関しては反対が上回り、全体に関しては違ってた。
改正必要とした人の多くは、より国民のための憲法と考えてだと思うが
やはり自民党憲法草案など、今の国民生活を考えない政治、政権交代が
起こりにくく権力分立が機能しない状況など考えると、自分たちの憲法
をつくりたいという気持ちはわかるが、まだすべきではないと思う。
今の自民党が自分たちの都合の悪くなるような憲法をつくるとはとても思えない。
- 116 :無党派さん:2008/05/10(土) 10:26:20 ID:p2NsmLQd
- >>115 >憲法改正が「必要」とする人は56%いるが、その中で9条改正を支持
する人の割合は37%にとどまり、54%が「9条は変えない方がよい」と答えた
つまり、その調査では国民の36%が憲法第一章を改正し、天皇制を廃棄すべきと考えているということだね。
- 117 :無党派さん:2008/05/10(土) 19:34:51 ID:rwAiKf1q
- http://nanashikai.blog74.fc2.com/blog-entry-39.html
児童ポルノ法改正に対する反対署名が始まったぞ!
これをコピぺして、色々なところに宣伝してほしい!
おまえたちの力を貸してくれ! ともに悪しき法案を潰そう!
http://player.pc-saiban.jp/view/play?sid=997
「つくろう! 逆転裁判」によって作成された児童ポルノ法に関する裁判。
この法案が通れば、俺たちは言論の自由を奪われ、
さらには、漫画、ゲーム、アニメなどの日本の文化も危ない!
こんな未来を誰も望んじゃいない! 理不尽な規制に対し徹底的に抗議しよう!
★主な規制反対派
・日本弁護士連合会
・福島瑞穂(社民党党首)つttp://news24.2ch.net/test/read.cgi/dqnplus/1205521612/
・松浦大悟(参議院議員)
・田中康夫党首(新党日本)
・吉田泉(民主党衆院議員)
・山了吉(社団法人日本雑誌協会倫理委員長)
・山田五郎(元講談社編集者)
http://mizuhofukushima.blog83.fc2.com/blog-date-20080324.html
福島みずほ社民党党首が自らのブログで児童ポルノ法改定の問題点を指摘。
聡明な判断をしてくれる福島みずほをみんなで応援しよう!
http://ameblo.jp/mangaronsoh/entry-10076351373.html
松浦大悟参議院議員。児童ポルノ法改正に対し、
「内容が詰められていないのに、規制の動きだけが進んでいる」と指摘。
http://d.hatena.ne.jp/bullet/20080417
シーファーのウソを暴いてくれた吉田泉議員を応援しよう!
- 118 :無党派さん:2008/05/11(日) 07:12:15 ID:UgQFjeuo
- >>116
強引すぎ
憲法って9条と天皇制うんぬんの内容しか無いのかよw
- 119 :無党派さん:2008/05/11(日) 15:45:39 ID:DpWAoydF
- 憲法改正は9条より、11条や13条や25条を変えられる、またはなくなる
ことの方が国民の生活にとって危険と言うのを聞いたことがある。
国民の権利の部分の (第10条〜第40条) と1条の国民主権の部分、前文は
変えさてはいけないという事なのだろう。
25条の生存権はGHQの案にはなく日本の議員が加えたことはNHKの
番組でも以前やってました。
- 120 :無党派さん:2008/05/12(月) 15:26:25 ID:fqz9Gjm6
- xbv
- 121 :無党派さん:2008/05/15(木) 12:29:21 ID:f1F3RBYz
- 『ジャパンハンドラーズ』
http://amesei.exblog.jp/7845667/
憲法九条を護持して戦略的安全保障の実現を
「憲法九条」というものを擁護する立場には
リベラルの立場からによるものもある一方で、
戦後首相の吉田茂の目指した、
「経済重視の国家の実現のために、憲法九条を戦略的に利用する」と
いう保守派の立場からのものもある。
私は後者の立場から、憲法改正には断固反対している。
なぜか。
これからアメリカと中国は、
太平洋の覇権争いを行うからだ。
その中で、日本は「どっちにも付かない」という
態度を明確にしなければならない。
どっちからも嫌われない
(あるいは、つけ込まれないように)よう
にしなければならないのである。
http://amesei.exblog.jp/7845667/
- 122 :無党派さん:2008/05/15(木) 21:54:16 ID:eIVTHHyz
- 社民党の福島瑞穂の夫がトップのグリーンピースジャパンが「正義のためなら何をやってもいい」
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1210855039/
【社会】 鯨肉持ち出し疑惑で捕鯨船乗組員を告発!のグリーンピース、宅配便配送所から「証拠品」無断持ち出しが判明★4
http://wiki.spc.gr.jp/whale/?GREENPEACE
>海渡雄一グリーンピース・ジャパン理事長は、社民党党首である福島瑞穂の夫(事実婚)である。
>海渡雄一は共謀罪を批判する弁護士であり、監獄人権センター事務局長。
>週刊新潮2002年10月10日号で、中核派と関係が深いと報じられた。
- 123 :無党派さん:2008/05/17(土) 09:35:27 ID:muWGYcNV
- >>119
護憲派が絶対言わないことだな。
護憲派連中は前文・9条の改憲のみを問題にするけど、
実は3章に変な手を加えられるのが一番まずい。
そういう護憲派の言動を裏返してみると、
彼らの中では人権よりも9条が大事なのかな?って思ってしまう。
そうなると9条という正義のためには、表現の自由も生存権も財産権も侵していいという、
とんでもない理屈が成り立ちうるし、
実際人権規定の「公共の福祉」を9条と当てはめることによって、
現実にそれは可能になりうるし、実際市民運動・市民団体内部で行われてるわけだし。
(>>122参照)
結局護憲派が言ってる理屈と、やってる行動を考えると、
9条を人権規定の上位概念として、9条に反する言動を一切人権保護の対象外にする。
そしてその判断は自分達がするみたいに考えてるような感じがする。
しかしそれだと結局保護される人権を決めるのがプロ市民連中ってことになるから、
日本国憲法があえて人権規定を作った意味がなくなるんだよな…
- 124 :無党派さん:2008/05/17(土) 15:24:56 ID:xNFILQcw
- >>121
憲法九条は既得権益である!
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/soc/1189838346/
既得権益という言葉は悪いが、でも九条を簡単に手放すのはもったいない
九条を改正すればアメリカの属国ではなくなる訳でもない
むしろアメリカの戦争にいいように利用されるだけ
アメリカと軍事的に対等になろうとすることは、戦前と同じで太平洋でアメリカ
と対立することになるのでは。
だから憲法九条改正のメリットは一般庶民にはない。
ただアメリカは日本を都合よく利用するには改正してほしいだろう。
しかしアメリカは民主主義を建前としていて、それを無視してはアメリカが世界の
警察としての正当性がなくなり、超大国でいられなくなる。
だから、日本国民が九条改正が、仮に国民投票になっても反対して
九条を維持することになっても、アメリカも民主主義の立場から何も言えない。
日本やアメリカの支配者層には都合が悪いだろうが、そんなこと国民は気にせず
嫌がらせのように、反対して困らせよう。もちろん九条以外もその精神で
国民にとって不利益なものは反対していくことです。
- 125 :中国にお金をあげたくない人は維新政党・新風!:2008/05/18(日) 14:01:34 ID:tmox1yo+
- 中国にお金をあげたくない人は維新政党・新風!
- 126 :無党派さん:2008/05/18(日) 14:22:20 ID:MWYCpO8Q
- 此間の某新聞の政党支持率調査で民主党が9%も一時的に支持率を伸ばしたが
ガソリンの暫定税率の所為だな。
目先のことに捕らわれて軽薄な行動を取ると大変なことになるぞ。
丁度、小泉の郵政民営化選挙の時と同じだ。
その為に今の状態が生まれたんだぞw
そもそも今のどうしようもない政治腐敗を生んだのは、民主党の構成員が細川政権の時に自民党と攣るんで
自民党にだけ異常に有利で民意が議席に反映しない小選挙区制にした所為だ。
それで暫定税率ごときで民主にお熱上げてる奴、喩えて言うなら、泥棒に入られて困っていた所、その泥棒が来て金を恵んでくれた。
それでその泥棒が良い人だとか思い込んで支持してるのと同じだなw
- 127 :無党派さん:2008/05/19(月) 15:22:24 ID:gk3xmh4u
- <鯨肉持ち出し>調査船会社が「無断」否定 乗組員の土産用
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080519-00000043-mai-soci
調査捕鯨船「日新丸」の乗組員が鯨肉を横領したと
環境保護団体グリーンピース・ジャパン(GP)が指摘している問題で、
乗組員が所属する共同船舶(東京)は19日、GPが入手した鯨肉23.5
キロについて、横領ではないとする調査結果を水産庁に報告した。
- 128 :無党派さん:2008/05/25(日) 14:57:10 ID:+O00QoKb
- 国家は僕らをまもらない : 愛と自由の憲法論
http://shinshomap.info/book/4022731397.html
憲法は、国民をまもってくれる「頼れる見方」で、国民はみんなが従うべき重要なルールである…。
僕らはこう考えがちだけど、答えはNO!
である。
憲法とは、国家=権力に余計なことをさせないための規範である。
人権は国家=権力に余計なことをさせないことでまもられる。
そのためには、国民は自立した個人であることが求められる。
改憲勢力は、この憲法の根幹を大きく変えようとしているのだ。
問題は9条だけではない。
みずみずしい筆致で描く新しい憲法論。
- 129 :無党派さん:2008/06/01(日) 15:52:43 ID:xqDQH5Zp
- 憲法Q&A回答4
http://www.hankaikennet21.org/faq/faq4.htm の一部
Q4.「押しつけ憲法」だから変える?
A.「押しつけられた」のは国民ではなく当時の支配者層
憲法草案の内容は日本の民衆がつくったもの
憲法第九条の提起者は幣原喜重郎首相であった
日本国憲法の成立を考えるにあたって、まずふり返っておきたいのが、アジア・
太平洋戦争の終結・敗戦と、その際日本政府が受託した「ポツダム宣言」です。
このポツダム宣言は、無条件降伏ということにとどまらず、新しい日本のあり方
として、平和、基本的人権、民主主義を掲げ、これを受託した日本政府にとっては
この実行が国際公約となったわけです。
GHQの民政局長ホイットニーは、きわめて慎重な言い回しで、「これを押しつける意思
はないが、これが国際水準の最低線だろう。あなた方も天皇制を維持したいというならば
せめてこの程度の民主憲法草案を用意してもらいたい。どうしても嫌ならそれはそれで
よいが、そのときは政府案とGHQ案の両方を国民に示し、最後は国民投票で決めてもらおう」
という提案を日本側にしました。
むしろ、憲法を国民が直接選ぶ機会を潰したのは当時の政府当事者たちであり、なぜなら
このような二者選択の機会が与えられれば、国民がGHQ案を選ぶのは確実で、そうなれば
彼らの政府は倒れ、新しい政権担当者はGHQ案のような民主主義改革を積極的に推進する
人々で占められてしまうことが確実だったからです。むしろ、彼らは自らの地位を維持
するため自ら草案を受け入れたというのが真相です。
- 130 :憲法第1章改正:2008/06/01(日) 15:59:30 ID:eoMK+kT0
-
大統領制にと言う意見もあるが、実質的首相元首制が最も進んでいると思う。
大統領制だと、カリスマ性はあるが○原○太郎の様なとんでもないのがなって戦争を始めるかもしれん。
しかし、実質的首相元首制は、国民が選んだ国会議員によって選ばれる間接選挙な為、
二重にチェックされ、戦後60年間非常に上手く行って来た。
また、内閣総理大臣と言う名は、主権者たる国民の臣と言う自覚を促し、慎み在る行政が出来る。
ただ、税金の無駄使いの天皇制は国民の支持も失い、時代にそぐわなくなったし、
将来不届き者によって悪用され、民主主義が破壊される恐れがあるので、これを廃止し、
憲法第1章を次の様に改正することを提案する。
憲法第1章 共和国
第1条 【国名】主権の存する国民の総意として、我が国は共和国である事をここに宣言し、国名を日本共和国とする。
第2条 【国政選挙】国会議員の選挙は比例代表制とする。
第3条 【任命】@衆議院議長は国会の指名に基き、内閣総理大臣を任命する。
A内閣は、最高裁判所の長官たる裁判官を指名し、国会の承認の後、これを任命する。
第4条 【衆議院議長の国事行為】@憲法改正、法律、政令及び条約を公布する事。
A衆議院を召集及び解散すること。B衆議院の総選挙の施行を公示すること。
第5条 【参議院議長の国事行為】@参議院を召集及び解散すること。A参議院選挙の施行を公示すること。
第6〜8条削除
第11章 補則
第104条 【処分】@解雇したもと天皇及び天皇家にあった者、その直系4親等以内の者及び第1章施行時において、
皇族であった者は、生涯公職追放とする。
A解雇したもと天皇及び天皇家にあった者の財産は没収し、公務員としての退職金を支給する。
- 131 :無党派さん:2008/06/08(日) 16:44:58 ID:5jDSiW67
- 憲法9条改正とか言ってる議員も本当はどうでもいいし、有権者を反対
を押しきってやる気のある議員はほとんどいないのでは。
だから世論調査で9条反対のほうが多ければアメリカに今、投票に持ち込んでも
改正できないと言い訳ができる。
それを考えると議員のためにもっと反対してあげよう。
- 132 :無党派さん:2008/06/08(日) 18:01:31 ID:LcK3jSnm
- >>126
こいつ、自称社民党支持者のキチガイです。いつも民主党ばかり中傷してるくせに
もっと改憲に積極的で国民を苦しめる悪政を行う自民公明をろくに批判しません。
>それで暫定税率ごときで民主にお熱上げてる奴、喩えて言うなら、泥棒に入られて困っていた所、その泥棒が来て金を恵んでくれた。
>それでその泥棒が良い人だとか思い込んで支持してるのと同じだなw
暫定税率ごとき、なんて言い草からして貧しい国民の事情など何ら理解しない傲慢な奴である事が明らかです。
しかも民主党を泥棒呼ばわりしています。本物の泥棒はどう考えてもガソリン税の暫定税率復活にこだわり土建屋の為に
無駄な道路を作る財源を確保しようと必死な自民公明政権の方でしょう。このスレの社民党支持者は皆この低脳コピペ厨
と同じように物事を考えているのでしょうか?私には到底理解できません。
- 133 :宴は終わったが ◆CSZ6G0yP9Q :2008/06/15(日) 12:21:49 ID:HTUbu3WR
- >>130
社民党だけれど、この政党がここまで日和ってしまったのは、
やはりこの政党自身が持つ権力に屈しないという要素が弱いことではと思うのです。
北朝鮮や中国との関係というのもイデオロギー上の親和性ではなく、権力に
迎合してしまう体質から来るのではないかと考えています。
であれば、55年体制下において自社馴れ合い体制だったことも説明がつきますし、
ドイツ社民党が授権法(全権委任法)に反対したのに無産諸派が国家総動員法に
賛成したという事実から何も成長していなかったのではないかと疑いたくなります。
そうした体質を本当に克服したか否かが問われているのではないかと思うのです。
- 134 :無党派さん:2008/06/16(月) 15:35:38 ID:o5ksOac/
- 共産党員、おつかれさまです。
- 135 :宴は終わったが ◆CSZ6G0yP9Q :2008/06/22(日) 10:57:09 ID:qjuR3d3R
- このスレは基本的に過疎化している、ということはウケがないのかな。
基本的には私のスタンスは自公民はもちろん社共両党も権力に弱い政党
だと思っています。あとは新左翼の連中も実は右翼から金もらって
運動をやっていたというのもありなので、実際問題、どれだけひよらない
政治勢力があるか疑問なのですよね。
- 136 :無党派さん:2008/06/22(日) 13:42:55 ID:OvvQCD4O
- ドラマ「CHANGE」で「僕は今まで、国会議員とは、選挙で選ばれた国民の代表で、
そしてその頂点に立つ総理大臣とは、国民の中で一番偉い人だと思ったました。
でも今の考えは違います。国会議員とは、国民皆さんのために奉仕することを約束
した上で、選挙で国民の皆さんに選んでもらった人たちです。
そして総理大臣とは、誰よりも国民のために働く、義務と、責任を背負っている。
選挙の時だけ頭を下げて当選した途端に特権階級のように振舞うような人間は本当
の政治家ではありません!」とセリフにあった。
憲法15条に、すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
とあります。
本来、当たり前のことが現実の政治家ができてないということなのでしょう。
ただドラマでは主権者は国民という言葉がなかったと思ったのでそれが残念です。
日本の国民はこの意識を高めることで政治家だけの責任ではなく有権者自身にも
選挙に通じて国家に対して責任があることが自覚できるからです。
そしてキムタクにはぜひ、憲法は主権者である国民から国家権力に対する命令
なんだと、いうようなセリフを言ってもらいたい。
- 137 :無党派さん:2008/06/23(月) 15:36:27 ID:KOx3vofo
- 高嶋ひでたけの特ダネラジオ 15:30-17:23
6月23日(月)の特ダネラジオは・・・
<●歴代のドンが語るニッポンの行方!増刊号>
☆社会党委員長、元衆議院議長の土井たか子さんが緊急参戦!
※「山は動いた」「ダメなものはダメ」「やるっきゃない」などなど
名文句を残してきたおたかさんが、後期高齢者医療制度に物申す!
http://www.1242.com/tokudane/
実況スレ
【1242kHz】ニッポン放送1304【JOLF】
http://live24.2ch.net/test/read.cgi/liveradio/1214138527/
- 138 :無党派さん:2008/06/29(日) 16:38:18 ID:+1/TmEDw
- 宣伝age
- 139 :無党派さん:2008/07/06(日) 15:06:41 ID:SY+KjYli
- 自民党の新憲法草案(以下、「草案」)が明らかにされた。草案は、いつでも
どこででも軍事力を行使することを可能とし、国民の主権を制限し公権力に
ひれ伏させ、「国益」の下に国民を統合しようとする。現憲法の原理を根本的に
破壊し、グローバル資本のための全面的国家改造をめざすものだ。
草案がたくらんでいるのは、現憲法9条2項の廃止だけではない。手に入れようと
しているのは、派兵を支える国内体制作りであり、グローバル資本の利益である。
キーワードとなるのは、「公益」「公の秩序」。”公益優先”をたてに「国益」
=グローバル資本主義の利益至上主義を貫こうとしている。
国家と個人の関係では「国益」が個人の権利より優先する。国家と地方自治では
「国益」が優先する。地域の自治体行政権と住民の権利では自治体行政サイドの
利益が、企業と労働者では企業の利益が優先される。
草案は、権利保障に関わる各条文に「公益及び公の秩序に反しない限り」との文言
を加え制限している。草案第12条は「国民の責務」として、「自由及び権利には
責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公の秩序に反しないように自由
を享受し、権利を行使する責務を負う」と定めた。
現憲法では、権利保障について「公共の福祉に反しない限り」など「公共の福祉」
との整合性を求めている。これは、あくまで個人間の権利の調整を目的とするものだ。
断じて、公権力と個人の権利を調整するものではない。
公権力を規制し個人の権利を保護することが近代憲法の存在理由である。
しかし草案は、「公益及び公の秩序」という言葉に置き換えた。
自民党の「憲法改正草案大綱」は、個人の権利・自由について、「国家の安全と
社会の健全な発展をはかる『公共の価値』がある場合も制限の対象」としている。
これが「公益および公の秩序」の内容だ。
- 140 :無党派さん:2008/07/06(日) 15:10:17 ID:SY+KjYli
- これは立憲主義・法の支配の否定である。憲法は、公権力の行使を厳しく制限し、
為政者による権利侵害を防ぎ、個人を国家のくびきから解放するためにこそある。
それが、近代憲法が果たした歴史上の役割だ。
草案の下では、「公益」は権利に優先する最上位の価値として位置づけられる。
個人は、公権力の前にひれ伏すことを強いられるのである。
草案は、現憲法の下で平和と民主主義を実現していく武器としてあった憲法原理
「主権在民・平和主義・基本的権利の尊重」を全く覆す。「改憲」などという
生易しいものではない、クーデター的「新憲法制定」だ。
「国益」=グローバル資本の権益を最高の価値とする、いわば「日本国家の全面的
で根本的な改造」へ踏み出すものだ。
だからこそ、「9条守れ」だけでは対決できない。必要なのは、「あらゆる分野での
対決」だ。労働者の権利を切り捨て、企業利益を最優先する「規制緩和・失業・
不安定雇用」との闘い。国民・市民の公共財産を資本に売り渡し生存権すら脅かす
民営化との対決。子どもたちに国家への忠誠を強要する「日の丸・君が代」攻撃との闘い。
これらに代表される、あらゆる闘いを進めることによってこそ、グローバル資本が狙う
国家改造と対決できる。
- 141 :無党派さん:2008/07/07(月) 02:43:26 ID:DqPwNu/A
- >「洞爺湖サミット」への社会民主党からの提言
>〜平和・人権・環境のためのG8の社会的公正責任を〜
民主主義はどうすんの?wwwww
独裁・抑圧擁護は相変わらずだねえwwww
- 142 :無党派さん:2008/07/07(月) 17:17:51 ID:7Mp+ENsr
- ↑共産党員は、わけわからんことを言うのはやめたまえ。
- 143 :無党派さん:2008/07/07(月) 17:20:18 ID:AiSWPurd
- 【言論チンピラ妄言解毒対策レス#66】
改憲は法理論上不可能です。ok
- 144 :無党派さん:2008/07/07(月) 18:18:45 ID:884TiqA7
- きょうさんとう
- 145 :無党派さん:2008/07/08(火) 22:32:23 ID:1AJxgIiK
- 社民・福島党首が議員10周年の集い「これから正念場」
http://www.asahi.com/politics/update/0708/TKY200807080359.html
社民党の福島党首が8日、参院議員初当選から10年を記念して横浜市で
パーティーを開き、「これから本当に正念場。あらゆる問題の前提に平和がある。
格差、貧困、食糧危機、北海道や沖縄の切り捨て、在日米軍の問題などに
直面している。とんでもない日本の政治を変えようと熱く語っていきたい」と語った。
政界入りについては「憲法9条を変えない政党が共産党しかなくなったら本当に
困ると思った」と振り返った。
- 146 :無党派さん:2008/07/09(水) 13:02:02 ID:ZKMbwgrm
- >>145
福島って、社民って、
本当に、民主主義とか、人権とかに関心の薄い人だねえ……(ため息)
- 147 :無党派さん:2008/07/10(木) 00:58:56 ID:x3Y+I5AY
- 福島瑞穂が社会主義インターの大会でインターナショナルを歌う。
http://jp.youtube.com/watch?v=18Gr7nBkPTk&eurl=http://www5.sdp.or.jp/news/newslist080630.htm
- 148 :無党派さん:2008/07/23(水) 20:15:35 ID:ijmoWObf
- 現在の憲法は、主権者国民が定めたものである。国家は、国民ではありません。
国民は我々であり、国家は一つの機関です。統治機構ですから、行政機関、議会
裁判所、警察、そして軍隊など色んな国家機関から成り立っています。
それらが国家です。我々は国民です。国家が主権者ではないのです。主権者は
我々国民です。その我々国民が憲法を定める訳ですから、この主権者国民のため
に国家はこういうようにしろと定めたのが憲法です。
だから国家と我々とが共同して何かを決めるというのはおかしい。国家が主体者
ではない。主体者は国民だけです。その国民が自らの幸福と生存のためにあるべき
国家の形としてこういう国家を定める、だからこそ、その国家ができることと
できないことを国民が定める。そのためのルールが憲法であります。だから、憲法の
中に国民の義務ばかりが出てくるようなものは、立憲主義に基づく憲法ではない、と
言わざるを得ない。
ところが、自民党改憲案は前文のところで、「国家の義務」というのは出てこなくて
「国民の義務」ばかりが出てきます。だから、自民党の改憲案というのは、これは、
国民を縛るルールに変化をしてしまっている、と言わざるを得ません。
- 149 :無党派さん:2008/07/24(木) 23:22:33 ID:Ny0upBSA
- 福島みずほの内縁の夫が理事長のグリーンピースが窃盗
「窃盗団体 グリーンピース」
日本の調査捕鯨船「日新丸」が所属する日本共同船舶(株)に直接聞いてみました。
共同船舶、T氏と連絡が取れましたので今回の一連の事件の内容と感想をお聞きすることができました。
http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20080529/p1
- 150 :無党派さん:2008/07/31(木) 16:21:56 ID:LP5vKnub
- 【日韓】社民党の福島瑞穂党首が韓国SBSテレビに出演、日本政府による竹島領有権明記を批判(動画あり) ★3
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1217092653/765
- 151 :無党派さん:2008/08/02(土) 16:41:29 ID:VHHJEQW2
- >>149 150
憲法改正して日本を戦前に戻したい人たちですか?
- 152 :無党派さん:2008/08/02(土) 17:38:32 ID:dvlbV89+
- 在日の在日による北朝鮮の為の社民党
最強売国奴どころか、国会議員が北朝鮮工作員そのものだ
福島瑞穂 趙春花 在日 元中核派 北朝鮮スパイの裁判の妨害をした
土井たか子 李高順? 在日 息子と親戚が北朝鮮にいる
拉致被害者有本恵子さんの両親が相談に行ったが何もしてくれず
北朝鮮に筒抜けだった
辻本清美 在日 元赤軍派 テロ赤軍派を支援
菅直人 民主党代表代行 拉致実行犯の辛ガンスの釈放に尽力
在日参政権反対、移民反対
- 153 :無党派さん:2008/08/08(金) 18:23:39 ID:5fEEqmQJ
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