ドイツはポーランドに抜かされるのか?
- 1 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/05/30 19:59 ID:gubMouS0
- どうよ
- 181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/07(土) 01:56:41 ID:fjrrS2Em
- >>178
デタラメ言っても無駄だ。
1945年当時、旧ドイツ東部領は名目上はポーランドの暫定的な領土となったが、実際に追放行政を実施したのはソ連軍だ。
終戦当時ポーランドの新規獲得領土ではポーランド政府(ルブリン暫定政府)の行政組織がまだ存在していなかった。
しかも民族浄化という観点からは、コソボ問題のような大量虐殺とは全く違い、
ポーランドの領土変更はヤルタ会談の、ドイツ人追放はポツダム会談の合意事項で、
連合軍の総意であった。
したがって国境線変更も、ドイツ人追放もどちらも民族浄化ではあるが犯罪ではない。
当然の帰結として、不動産の返還はありえない。
また、>>180で示したことも、不動産の返還の可能性の無いことの根拠の一つでもある。
返還されない不動産の補償は、ドイツ政府が行わなければならない。
この追放のことで唯一犯罪と認めるべきは、追放を実施したソ連軍によってドイツ人に対する暴力行為が行われたことで、
これは、追放は人道に則って行うというポツダム協定の事項に違反している。
(つづく)
- 182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/07(土) 02:00:48 ID:fjrrS2Em
- >>178
(>>181より)
該当する領土がドイツ人の血だの肉だのといった考え方は全くのナンセンスである。
古来から戦争に伴う領土変更や住民交換は普通に行われていたことで、
第二次大戦後のドイツのケースは歴史上特別な例ではない上に、
ドイツ人がポーランド人と比して特別な存在だということも全くないからである。
むしろ、今回の住民追放は、他の例と比較して、
組織的な大量虐殺があったわけでもなく(ソ連軍の暴行があったにせよ)、非常に平和的に行われた稀有の例である。
古代はゲルマン人の居住地域だったという迂遠な論も全くナンセンスである。
それならば、ゲルマン人進出以前のこれらの土地は、明らかにスラブ人やバルト人の先祖の土地であったし、
歴史的に決定的なのは、西欧キリスト教世界においてこの土地に最初に法的に確定したポーランド領と神聖ローマ帝国の国境線は、
現在のポーランドとドイツの国境線にほぼ一致するのである。
だからといって、このような類の歴史論にいちいち付き合う気はないが。
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